「北朝鮮を知りすぎた医者」、近況を語る
2005年6月13日
──本を書くのは、それが活動の「武器」になるから?
そうです。私は本から教育を受けた。読書をするうちに私の哲学が育っていった。情報の力も信じています。一方ではそれが人々を簡単に操ることができるということも知っています。金正日がまさにそうで、彼は国民を洗脳している。しかし情報は人々を啓蒙することもできます。本を読むことによって、外国の政策に目を開くことができる。人々に北朝鮮を理解させることもできるし、地政学、人権問題について目を開かせることもできる。私は教育、書物、メディア、情報、そしてインターネットの力を信じています。インターネットは本当に便利なもので、ほんの五秒でCNNの最新ニュースにアクセスできる。とても簡単で気に入っています。ビーチからでも山の上からでも情報を瞬時に手に入れることができる。そして世界を変えることができるのです。
──今までにどんな本に影響を受けましたか。
実際の話、過去三カ月のあいだ、私はソウルで自宅軟禁に近い状況でした。その間私はブレインストーミングしたり、インターネットにアクセスしたり、執筆したり、新聞記事を書いたりしていた。南山を歩いたりもした。ソウルにはドイツ文化会館があり、そこには小さい図書館があります。そこの書棚のAから始めてZまですべて読みました。トーマス・マンやヘルマン・ヘッセの著作をすべて。今まで全部は読んだことがなかったんですが、ドイツ語に飢えていたということもあって。
影響を与えられた本はトーマス・マンの『魔の山』、ヘッセの『シッダールタ』。ニーチェ。ゲーテの作品です。特にヘッセが好きですね。彼の哲学が。日本の知人とヘッセ博物館に行き、そこで初めて私はヘッセがアジアに行くのを夢見ていたことを知りました。しかし、彼はインドネシアまでしか行かなかった。中国にも韓国にも日本にも行くことはなかった。私は彼が出来なかったことを成し遂げたわけです。彼の著作や日記には船酔いしたり、暑さに耐えられず、スマトラまでしか行けなかったと書かれています。私もときどき暑さに辟易することがありますが、それでも私はヘッセより遠くに来た!
昨年ドイツに帰ったとき実家の近所に新しい隣人が引っ越してきていたんです。夫婦と小さい娘がひとり。それから交流が始まって、メールのやりとりをするようになりました。親しくつきあううちに奥さんが詩を書くことを知りました。私は彼女の詩が気に入りました。日常を綴った日記も書いているんですが、独特のおもしろさがあった。それで私は彼女にもっと書くようにすすめ、書いたら送ってくれるよう頼んだんです。その彼女が何という名前がわかりますか。コーネリア・ヘッセ! 信じられないでしょう? 何という偶然。ヘッセとは親戚でもなんでもないんですが。彼女は原稿を書き、この秋のフランクフルトでのブックフェアに持ち込み、ドイツの出版社を探す計画なんだそうです。私が北朝鮮でつけていた日記を見せたところ、彼女は私の経験したことについて本の中で触れるというんです。「昨日いったい誰に会ったと思う? 彼は北朝鮮からやってきて、難民の救援活動をやっている……」という具合にね。
──最終的に北朝鮮がどうなってほしいと思っていますか。
私は北朝鮮の将来について恐れています。南北の戦いが起こるかもしれない。アメリカによる先制攻撃が行われるのかもしれない。台湾、日本、中国の地政学的な状況にも憂慮しています。北朝鮮が原因で衝突が予想される米中関係。ラムズフェルドやチェイニーのことを知り、ウォルフォビッツ、ボルトン、レフコビッツ、ホロビッツ、彼らと知り合い話を聞いて、地政学についていろいろ学びました。そして北朝鮮の将来が恐くなった。
医者としての私は北朝鮮が仮に金正日から解放されて自由な国になったとしても、その将来を恐れています。あの国はいったいどうなるのか。東京、ニューヨーク、ロンドン、ベルリンで、人々はマクドナルドや、コカコーラ、煙草、麻薬、犯罪、ギャンブル、みな何かの中毒にかかっている。ワシントンやロンドン、ベルリンの人々は必ずしも健康的には見えない。幸福そうでもない。医者の目に映る彼らは落ちこんでいます。精神的に安定していない。北朝鮮の将来を語るとき、医者として考えるのは、すべての西側諸国に共通する問題です。それで私は東西文化の交流、仏教の悟りを薦めているんです。物質主義に傾かないように。お金、お金の拝金主義の世の中は健康的じゃない。そうならないことをポスト金正日の北朝鮮に期待しています。
──ただ少なくとも現状は変えなければいけないと思っていらっしゃる?
もちろん。西側世界ではどうしたいかを自分で決めることができます。コカコーラであろうとマクドナルドであろうと何を選ぶかを決めるのは個人の自由です。仏教を信じようと、共産主義を信じようと。北朝鮮ではそれができない。だからまずは北朝鮮を金正日から解放することが大切なんです。
それはドイツの歴史から言えること。旧東ドイツの人々は東ドイツから解放されてからは自分たちで決めることができるようになった。西ドイツの資本主義に従って競争社会を生きるのか、それとも共産主義とは異なるが、社会主義的な、皆で分かち合うやり方を重んじるのかを。ドイツは新しい資本主義の実例となるでしょうね。それは社会主義に近い資本主義ともいえる。東西ドイツの交流、融合によってそれが実現わけです。それが私の理想でもある。つまり東西文化の融合によって資本主義を改革したかたちですね。
──アメリカのラムズフェルド国防長官が、人権活動をつづけているあるドイツ人医師、つまりあなたのことですが、その言葉を借りて「北朝鮮は『地上の地獄』」と表現したと報じられました。ラムズフェルト長官とも会われたのですか。
ええ。映画の一シーンのようでしたよ。『フォレスト・ガンプ』で主人公がケネディ大統領に会う場面があったでしょう。そんな気分を味わいました。メイフラワー・ホテルで集まりがあって、ハドソン研究所のマイケル・ホロビッツと一緒にいたとき,ラムズフェルド長官を見つけたんです。そこにいた他のジャーナリストが近づくより先に、まず私がという思いで歩み寄って行った。そして握手をし、自己紹介をし、北朝鮮からもらった友好メダルも携えていましたから、北朝鮮の人権問題について話しました。すると彼は、何と私を隣に立っていたキッシンジャーに紹介してくれたんです。この人はドイツ人医師で北朝鮮の人権問題のために戦っているのだと説明してくれた。その後、記者の質疑応答の時間があり、そこで私は一番最初に手を挙げて質問した。ラムズフェルドとチェイニーに対して北朝鮮の人権問題について質問をしたわけです。そのときチェイニーが北朝鮮のことを「地上の地獄」と言った。それはまさに私が以前に『ウォールストリート・ジャーナル』の記事で使った表現でした。
私は『ウォールストリート・ジャーナル』に五回記事を書いていますが、確か「Prison State」というタイトルで書いたものの中で、「北朝鮮は金正日をはじめとした特権階級には楽園でも一般の人々にとっては生き地獄だ」と記した。それ以来ワシントンの政治家によってこの表現が使われているようですね。
テキサスではロックコンサートに招かれて、十五万人の若者の前でスピーチをしました。そこにはブッシュの義理のお母さんの親友も来ていました。義理のお母さんはシニアホームにいて、御自身はコンサートに来られなかった。コンサートのあと義理のお母さんに招かれました。部屋にはローラ・ブッシュや孫たちなど家族の写真が飾られていて。まるで映画を見ているようだった。世界の中心、大統領の家族のそばに座っている自分が信じられないような……。もし自分が北のエージェントだったらなんて想像したりして。
──四冊目の本にはどのようなことを書かれるのですか。
韓国の政策は金正日の政策と似ています。それを私は自らの体験から証明できる。韓国で私がとのように扱われたか。どのように拘留され、罰せられたかについて書くつもりです。それからインドネシア大津波の救援に行ったときのこと。そこでの自然災害を北朝鮮の人的災害と対比させたい。最近の動きについても触れるつもりです。核問題、六カ国協議、地政学上の問題。それから個人的なことも。なぜ私がこのように北朝鮮に執着するようになったかについて。そして自伝も少々。ワシントンで出会った人々、チェイニー、ラムズフェルド、キッシンジャー、そしてブッシュの義理のお母さんのこと。それからいろいろなプロジェクトについても書きます。たとえば「バルーン・プロジェクト」。アジア・スポーツ大会で北朝鮮人に私が殴られている写真も入れるつもりです。