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歴史家・鳥居民、自著を語る 2005年7月22日
現在最も注目すべき日本および中国近現代史研究家である鳥居民氏のライフワーク、『昭和二十年』は、丸谷才一氏、井上ひさし氏に以下のように激賞された。

──ギボンの『ローマ帝国衰亡史』や頼山陽の『日本外史』のように、幾世代にもわたって読みつがれる本になるだろう【丸谷氏】

──読み物として最高におもしろい。文学として、百科事典としても読める。布団の中で読むと、おもしろすぎて寝られなくなる【井上氏】

「文藝春秋特別版2005年8月臨時増刊号」より

徹底した調査に裏付けられた鋭い洞察に満ちた最新刊『原爆を投下するまで日本を降伏させるな』から丸谷・井上両氏を唸らせた『昭和二十年』まで、鳥居民氏が自著について語る。

──アメリカがなぜ広島、長崎に原爆を投下したのかについては、「日本に降伏を促すためであり、本土決戦になれば百万の米兵が犠牲となっただろう」とか「ときの首相鈴木貫太郎が『ポツダム宣言』を黙殺したから」といったことが、この六十年語られてきました。鳥居さんの最新刊『原爆を投下するまで日本を降伏させるな』は、こうした通説を完全にくつがえすものです。トルーマン大統領とその最側近のバーンズが、日本の降伏前に原爆を落とすために、たった二人で極秘のうちに計画を進めていたとの解釈を示されています。最初に、この本をお書きになった動機をお聞かせください。

 まず、ポツダムの嘘を書きたかったということかな。ポツダム宣言は、日本に降伏を要求し、日本を民主化しようという、非常にきれいな文章からできていて、福音書だと有り難がる人もいました。いま振り返るなら、原爆を落とさんがためにポツダム宣言は作られ、巧妙な仕掛けがほどこされていた。ポツダム宣言にはそういう裏があったということを明らかにしたいということが、この本を書いた動機の一つです。
 二番目は、駐日大使を十年つとめたジョセフ・グルーの再評価です。このグルーが日本を一日でも早く降伏させようとしたということ、戦争中はグルーに対する期待を持った人がいた。例えば、近衛文麿であり吉田茂ですが、この人たちが終戦計画、和平計画をつくっていた。ところが戦後、こういうことが全部闇から闇に葬られて、グルーについてもはっきり評価されないまま今日まで来ている。研究する人もいない。どうにかしてグルーをしっかり紹介したい、これは日本人として当然の気持ちです。
 第三に、現代に至るまで日本の中で、原爆は日本がポツダム宣言を黙殺したから落とされたんだとか、さらには原爆の投下がなかったら、日本はまだずるずると戦争をして二十万人、三十万人、四十万人の人間が死んだのではないか、原爆を落とされたのはよかったことかもしれないと、こういう非常に情けない、不勉強なことを言う人たちがいる。それでぜひ、事実はこうなんだということを書きたいと思ったのです。

──この本を読みますと、グルーだけでなく、アメリカの軍・政府高官はすべて原爆投下に反対していたことが分かります。

 そうなんです。戦後、アメリカ側は嘘をつきまして、アメリカの大統領、政府幹部、軍の指導者で原爆投下に反対する人はいなかったんだと、こういうことをアメリカの陸軍長官だったスティムソンが言いました。一九四七年に『ハーパーズ・マガジン』誌に書いています。アメリカ政府の重要な地位にいたスティムソンは、なかなかの紳士でもありますし、彼の言うことをみんな信じて、アメリカ政府の要人、軍人のすべては日本に原爆投下に反対はしなかったんだということになった。
 ところが、アメリカの研究者が調べました。その一番の代表がガー・アルペロビッツという人ですけれども、調べていくと原爆投下に賛成をしたのは、トルーマンとバーンズだけであって、スティムソンも実際には反対をしていた。グルーも反対をしていた。海軍長官のフォレスタルも反対をしていた。陸軍参謀総長のマーシャルも無警告の原爆投下には反対をしていた。海軍作戦本部長のキングも反対をしていた。ヨーロッパ遠征軍長官のアイゼンハワーも反対をしていた。誰もが反対をして、トルーマンとバーンズだけが無警告で日本に原爆を落とそうとしていた。これが現在までに分かっていることです。

──これまでの通説がおかしい、あるいは間違っているとお考えになったのはいつごろのことですか。

 「百万人の犠牲者」は、誰もがおかしいと思ったはずなんです。沖縄でも硫黄島でも、それほどの犠牲者は出ていない。本土決戦で九州から関東が戦場になると百万人なのかと、そうは思っていたんですが、マッカーサーが九州作戦の犠牲者は十万内外だと言っていたという記録が明らかになった。
 しかし、このこと自体にはあまり関心がなかったんです。何に関心があったかというと、原爆を日本に投下したけれども、この原爆がソ連に対して、いかなる威圧作用もなかったということです。戦後、すぐに中国内戦になる。ヨーロッパではベルリン封鎖なるものが行われる。一九五〇年には朝鮮戦争が始まる。一体全体、原爆というのは何だったんだ。それを考えて調べてみようと思ったのです。

──朝鮮戦争のころからですか。

 ええ、朝鮮戦争。朝鮮戦争の最中にマッカーサーが解任されて、その後マッカーサーは原爆を使えと言い、トルーマンがそれに反対した。なぜトルーマンは原爆が使えなかったんだろうか。目標になるものはなかったとトルーマンが言ったというのを読んでいまして、まあ、いつか調べようと思っていて、ずいぶんたちましたけれども、やっと書いたということです。

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