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『女帝 わが名は則天武后』出版記念講演
作家・山颯(シャン・サ)、自作を語る。
歴史の真実とは何か

 よく、あなたの発見した則天武后の真実はどの資料に書いてあったのか、という質問を受けます。

 一つ、恐ろしい真実があります。それは歴史は常に勝者のものだということです。勝ち残った者が歴史を記すのですから、勝者は常に美しく強く、敗者は過ちです。

 武后に関しても、彼女が亡くなった時、男たちは彼女の治世をけなし、犯してもいない罪を押しつけました。彼らにとって、女性が自らの王朝を築いたなどということは恥ずべきことでしかなかったからです。そこであの女は皇帝を誘惑した悪魔だったいうことにしたわけです。則天武后についての記録が信用できないのは、そういう理由です。

 私はまず、論理的に検討してみました。事実だけを並べてみると、どうしても論理的につながらないところが見えてきます。

 たとえば、武后が、政敵の手足を切り落として酒の入った瓶に投げ入れたと言われます。しかしまったく同じ逸話が、西太后にも、漢の時代の皇后にもあります。なぜ中国で権力を握った女性がみな同じ犯罪を犯したように語られるのでしょうか? おそらく誰もこのような残虐なことはしていないと私は思います。男性の歴史家たちは、彼女らにいかにも残虐な逸話を押しつけて、悪口を言ってみたかったのではないでしょうか。

 それに、娘を自らの手で絞め殺して、時の皇后に罪をなすりつけたとも言われます。しかし当時の後宮では必ず側近がいて、監視の目がありましたから、武后がこのような無謀な危険をあえて冒したとは思えません。おそらく娘は自然死でしょう。冬でしたから一酸化炭素中毒だったかもしれません。武后は単にその死を利用したにすぎないと考えるのが自然です。

 論理的な検討の次に、私は推論に進みます。こういう時代に後宮に入るというのはどんな気持ちがするだろう、もし自分が次から次へと若い女性に心を移す皇帝の妻であったら、どう行動するだろうといった具合に。

 ですから私はこの時代のことをできる限り知ろうとしましたし、伝統的な歴史小説のスタイルではなく、一人称で書いたのです。これは非常に主観的なビジョンには違いありませんが、歴史を客観的に示す唯一の方法だと考えています。

 実際の則天武后は、じつに立派な皇帝で、国民からも愛されていました。そろそろその事実を認め、名誉を復権すべきときではないでしょうか。

聴衆との一問一答
質問1 ずいぶん調査をされたというお話でしたが、資料をいくら読んでも、歴史上の人物の恋愛観まで辿りつくのはむずかしいと思うのです。どうすればそんなことができるのですか?

山颯 一種独特な方法ですが、精神、魂のようなものと対話します。私は子供の頃からそういう才能があったので、詩を書き始めたときも何か耳元で詩をささやかれているような感じがしました。幽霊のようなものもたくさん目にしましたし。
 対話といっても言葉ではなく、サインのようなもののやりとりと言ったらよいでしょうか。この則天武后に関して言えば、彼女から直接感情を受け取ったのです。いわば、この小説は彼女が書かせた作品です。彼女に導かれ、彼女が開けてくれた扉をくぐり、私はその世界を旅した。そうでなければ書けなかった作品でしょう。

質問2 山颯さんは中国語が母国語で、作品はフランス語で書かれるそうですが、混乱しませんか?

山颯 いまはフランスで生活し、考えるときもフランス語ですから、混乱はしません。よく夢は何語で見るのかと訊かれるのですが、いろんな言語で見ます。私にとって言語は音楽のようなものです。どの言語が唯一神聖ということはなくて、どの言語にも、それ固有の音楽があります。夢の中ではいろんな言語がレコードのように鳴っているんです。
 いろんな言語でものを書いていると、絶対的な文法はないのだとわかってきます。もちろんそれぞれの言語に制約がありますが、私はあえてその制約を壊し、超えようと試みています。より柔軟に、より豊かな表現を目指したいのです。

質問3 以前邦訳が出版された『碁を打つ女』(早川書房)を拝読しました。山颯さんも碁は打ちますか? 強いのでしょうか?

山颯 打ちますが、あまり強くありませんね。強くなるためにはたくさんの碁を打ち、たくさんの棋譜を読み、記憶しなければなりませんから。
 私が碁を好きなのは、とても詩的だからです。将棋は相手と正面から、直線的に争いますが、碁は盤面全体のビジョンを闘わせるゲームです。ここに石を置くことが、後で別の場所に影響する。時間的にも地理的にも離れたことがらが関係しあう──4次元のゲーム、螺旋状に展開するゲームなんですね。碁は私の考え方、作品の構成にも大きな影響を与えています。

質問4 山颯さんはいろんな国へ旅行されているかと思いますが、どこの国、どこの都市に一番親近感を覚えますか?

山颯 私は世界中すべての国、すべての都市が好きです。それぞれに文化があり、それを知ることはとても楽しい。ただ、私のアイデンティティ形成に重要だった国ということであれば、もちろん北京と、もうひとつ敦煌でしょうか。敦煌は多くの仏像が残されていて、私にとっては美術館のような場所です。
 西洋ではもちろんパリですが、イタリアも私にとっては重要です。イタリアはひとつの過去の象徴であって、イタリア抜きには私の文学世界は語れないかも知れません。
 じつは今回、初めて東京に来ましたが、私は昔からここにいるかのような親密な思いにとらわれました。なぜか東京は、北京にいるのと同じくらい居心地がいいのです。もちろん北京と東京はスタイルが違いますし、日本人の方々はとても優しく、控えめで、東京は私にとって理想の都市です。おそらく今後東京は、私にとってとても重要な街になるでしょう。
 フランスの友人たちはみな、日本は桜が咲いているのか、とメールで尋ねてきます。私は、残念ながらいまはその季節ではないけれど、桜の花は日本人の心のなかに咲いているのだと答えました。そのことに気づくことができてとてもうれしい。
 どこへ行ってもこの理想の都市を持ち歩くことになるでしょう。私の人生から東京を除いてしまったら、不完全なものになるような気さえします。東京を発見できたことは今回の大きな収穫です。東京は、私の今後の作品世界の中にも息づいていくことでしょう。

(6月29日 東京日仏学院エスパス・イマージュにて。同時通訳 津田潤子・福崎裕子)
女帝 わが名は則天武后
山颯 著 /吉田良子 訳
ISBN:978-4-7942-1503-1
定価:1,890円(本体1,800円)

中国史上唯一の女帝、則天武后。冷酷と貶められた彼女の真実を、天命に翻弄された一人の女性の愛と孤独を、気鋭の在仏中国人作家がつづる。美しくも切ない物語。


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