●「以下はフィクションである」とは?
- 高橋
- この本にはそれぞれの話に毎回「以下はフィクションである」という部分がついていますね。こう言ったら大変失礼なんですけど、最初、「いったい何だろう、これは」と思ったんです。前半は病気の症例とか春日さんの子供時代の話とかがあって、なるほど、私もそうだな、いや、これはそうは思わないな、なんて考えながら読んでいると、急に「以下はフィクションである」って。「ヨシオはこう思った」とか、知らない人が出てきて、これはいったい何なんだと(笑)。
前半はもっと知りたいというか、「それでその先は?」「これはどう考えればいい?」「なるほど」とか、そういう思いにひっぱられて読むわけです。しかしフィクション部分はそういう読み方はできなくて、頭を切り替えないといけない。それを黙って読むというか、突っこみようがない。読んでいくうちに、しだいにそれがフィクションとノンフィクションの違いなんだということに気づかされたというところがありました。同じ症例や同じ現象でも、表現の仕方がふたつあると、まったく違うものとして違う読み方を迫られる。 - 春日
- 僕は、相手との関係性から出てくるものにすごく興味があるんです。何でも全部言葉で言ったら野暮だろうと。読む人はノンフィクションとフィクションのあいだに出てくるものを、どこかで言語化せざるを得ない。そういうものに期待しているというか、そこにこそ面白みがあるだろうと。
それと、ノンフィクションというものはよく、神の視点が入っていいのかとか、登場人物がこう思ったとかこんなことしたとかいって、「見てたのか、おまえは」なんて言われることがありますよね。 - 高橋
- そうですね。
- 春日
- そういうのが面倒くさいということはある(笑)。
- 高橋
- ノンフィクションは、言葉に対する躊躇みたいなものがありますよね。春日さんもノンフィクション部分では、こう言っていいのかな、この言葉を持ってきていいのかなという躊躇がつねににじんでいるように見えます。だけど、「以下はフィクションである」というと、突然躊躇がなくなって、こういうふうに思った、ヨシオは間違いなく思ったとなっていくので、ああそうですか、としか言いようがない。
●自分史の図書館で
- 春日
- 僕自身、ノンフィクションを読んでいて、こんなこと書いてぶんなぐられないのかとか、よく許してもらえたなとか、ゲラは見せたのかよなんて思うことはある(笑)。だから、意外と余計な方向にそれちゃうということはあるでしょう。
- 高橋
- 余計な方向というのは?
- 春日
- 言いたいことをそのまま書くのではなく、書く対象に気をまわして、方向がそれてしまうというような。
- 高橋
- それはありますね。書いていて、ああ、これを書いたらあの人は傷ついてしまうのではないかとか。取材対象の家族に関することを書いたりすると、その家族の方が問題に巻きこまれるんじゃないかとか、ものすごく考えます。
ただ私なんかはそういう制約があったほうが書けるんです。これはまずいんじゃないか、こういう言い方をしたら失礼じゃないかとか考えているうちに、だんだん言い方が絞られてくるというか。
だから私の場合、最初から「以下はフィクションである」なんてすると、何も思い浮かばないんです。自由に書いていいよと言われたら、それこそ何も書かないだろうなと。もう取材に行っちゃったから、もう締め切りがあるから、被取材者に失礼があったらいけない、傷つけちゃいけないとか、いろんなしがらみによってやっと絞られてきて、それで何かを思いつくみたいなところがあるので。 - 春日
- 高橋さんは『トラウマの国』で自分史ばかりが置いてある図書館に行かれた体験を書かれていましたね。あれは結構ぎりぎりですよね。「これ以上ひどいこと言ったら、怒られるだろうな」とか、そういう葛藤はあったんじゃないですか。
- 高橋
- そうですね、あれは難しかった。
- 春日
- 自分史というのは、一生ものの1冊みたいなものですもんね。あんまりおちょくっちゃ、まずいですよね。
- 高橋
- あそこには全国から寄贈された自分史がひと部屋にワッと並んでいて、最初はともかくそれを全部読むという計画だったんです。「闘う」みたいな感じで。それで、一番端っこから読んでいったんですけど、きつかったですね、すごくきつかった(笑)。
でも読んでいくうちに、書いているほうもきついんだろうなという感じになってきたんです。なかなか話がつくれない苦しみが伝わってきて。それで気がついたのは、みなさん添付資料が多いんですよ。極端に言うと、出生届けからもう資料がはじまって、会社に入ったときの辞令とか、家を買ったときの間取りとか、そういう資料がいっぱいあって、前のほうにちょっと本編があるみたいな形になっている。慣れてくるとそういうパターンが読めてきて、それでわりと読むスピードが速まったんですけど(笑)。人生いろいろとよく言いますが、固有名詞以外は結局どれも似ていたりするんです。
●「自分探し」をしている人へ
- 春日
- 以前、医局で先輩の女医さんに、「人間で一番大切なものは充実感だと思う」と言ったらからからと笑われたということがあるんですけど、その人の言うには、そんなことを言うやつは慢性の空虚感を抱えている半病人に決まっていると。充実感なんて、そんなもの意識するということが、そもそも何か不健康らしいんですよね。そう言われても困るんだけど。
- 高橋
- それは、どういうことなんだろう。
- 春日
- ふだん満たされている人は、今日は充実していたとか、そんなことを思わないんでしょうね。そもそも何も感じていない人も思わないでしょうけど(笑)。「自分探し」だって、満たされていたらしようだなんて思わないでしょう。そうした不満は被害妄想のことも多いとは思いますが。
- 高橋
- というのは?
- 春日
- どこかに何か自分を阻害しているものがあると。それが「敵」とか「電波」だったらそれは病気なわけですけど、どうしてオレは現実とフィットしてないんだ、というのもじつは似たようなものなわけです。
- 高橋
- それは表現の違いなわけですね。中田英寿も「人生とは旅であり、旅とは人生である」といって自分探しの旅に出ました。
- 春日
- 彼もああ見えて満たされてなかったんですね。じつはものすごく頭がいいとか言われてたりしたけど、あれですっかり男を落としました。
- 高橋
- 人生そのものが旅なら、わざわざ旅に出なくてもいいはず。普通にうちにいてもいい。そういうところは、ちょっと論理的に矛盾しているなと思ったんですけど。
- 春日
- 僕のところに来る患者さんも、べつに言うこと自体はそんなに支離滅裂じゃないんですよね。頭がおかしいなりに、一応論理性はあるわけです。なまじ本人も論理的だと思っているから、絶対に自分を変えようとしない。でも、論理的であるということと、社会的に正しいということは別なわけじゃないですか。論理的に正しい話はいくつも並立し得るわけですよ。そのへんをひとつにこだわっちゃうと、世の中に適応できなくなったりとか、こいつは変だということになる。だから、そういう人たちに対する僕のアプローチというのは、「あなたの言っていることはべつにむちゃくちゃじゃないけれども、世の中的には通用しないからだめですよ」という、それだけの話ですよね。
「自分探し」が必要だというのも、ひとつの論理としてはあり得ると思うんですよ。そういうことをしようという人は世の中に違和感を感じているわけで、その違和感を解決する手段として、何か「本当の自分」みたいなものがきっと存在しているはずだから、そういうものを絶対に見つけだすんだと希望を持って前向きに生きるとか、そういった物語自体は論理として破綻はない。
ただ、そういうことをやって楽しいのか、うまくいくのかというと、あまりうまくいかない気がする。ここにも書きましたが、そんなことをしてもたいしたものが出てくることはない。だからそれだけにこだわる理由はないんだということですよね。そんなことをしなくても楽しくやっているやつらはいくらでもいるわけで、そういう連中の論理も論理的に整合性がないわけじゃない。別解も少し見てみな、というところですね。
あなたが「自分」を探さなきゃならないという理屈は、それは自分なりにつきつめて考えたんだろうし、筋も通っている、それは十分に認めると。だけれども、それが唯一の道ではないし、100パーセント、社会に合致したものであるはずもない。深入りしすぎてしまうと、社会とはズレていっておかしなことになりかねない。
だから「自分探し」にはまりこんでいる人は、もうちょっと頭を柔らかくしてもいいんじゃないかと思います。そこのところは寛容になったほうが楽ですよというのが私のメッセージですね。
書籍紹介

奇才精神科医が「自己」の不気味な本質を掘り起こす、
究極の自分探しマニュアル! 絶賛発売中!
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PROFILE

春日武彦(かすが・たけひこ)
1951年京都府生まれ。日本医科大学卒。医学博士。産婦人科勤務の後、精神科医となり、精神保健福祉センター、都立松沢病院、都立墨東病院などを経て、東京未来大学教授。著書に『無意味なものと不気味なもの』(文藝春秋)、『私たちはなぜ狂わずにいるのか』(新潮OH!文庫)、『不幸になりたがる人たち』(文春新書)、『顔面考』(紀伊國屋書店)などがある。

高橋秀実(たかはし・ひでみね)
1961年神奈川県生まれ。ノンフィクション作家。東京外国語大学モンゴル語学科卒業後、テレビ番組制作会社を経て、フリーに。著書に『からくり民主主義』(草思社)、『トラウマの国』(新潮社)、『センチメンタルダイエット』(アスペクト)などがある。「Web草思」にて、相撲の世界の異色ルポ「おすもうさん」を好評連載中。
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