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「犬から見た幕末明治」を描く、前代未聞の傑作ノンフィクション!!

本書は、幕末明治期の史料に散らばった犬関連の記述を丹念に拾い集め、それを時代の流れに即して体系的にまとめ、「犬たちにとっての明治維新」を明らかにした初の本です。

著者の仁科邦男さんは前作『犬の伊勢参り』(平凡社新書)で、江戸時代に犬が単独歩行で伊勢参りをしていた事実を紹介し、新聞各紙の書評で絶賛され、中央公論新社主催の〈新書大賞2014〉の第2位に輝きました。その著者が次に挑んだテーマが「幕末明治」。吉田松陰と犬、ペリーと犬、ハリスと犬、明治天皇と犬、西郷と犬、などなど、歴史人と犬との意外なかかわり、犬が歴史上果たした役割など盛りだくさんです。そのいくつかをご紹介しましょう。

松陰、米国密航を犬に阻止され、犬は黒船に乗って米国に出発!

嘉永七年(1854)、横浜。沖には日米和親条約を締結したばかりのペリー艦隊七隻が停泊していました。「夷国(いこく)から日本を守るためには夷国の内情を探索するしかない」。松陰は夜更けに小舟を漕いで黒船に乗り移る算段でいました。ところが計画決行の夜、浜を訪れるとあったはずの小舟がないのです。 別の小舟を盗み出すしかありません。この窮地に追い打ちをかけたのが横浜の村犬たちでした。松陰をこれでもかと吠えまくるのです。村人が起き出して来れば騒ぎになる。この夜の決行は断念せざるを得ませんでした。

松陰はその後、下田でも黒船への乗船を試み、失敗して下田の牢に入れられ、のちに江戸で刑死します。横浜の村犬がもし、もう少し空気を読める犬だったら…松陰の未来も幕末史の行方も変わっていたかもしれません。

その松陰の米国行きの夢を果たしたのが、なんと「犬」でした。日本開国を祝し日米で記念品の交換がなされ、日本側からは米二百俵、木炭三十五俵、乾物の魚などとともに、座敷犬のチン(狆)数匹が贈られたのです。チンはペリー艦隊に乗船し、はるばる米国へと旅立ったのでした。

なぜ日本人は洋犬のことを「カメ」と言ったか?

幕末の開国とともに、多数の洋犬が日本にやって来ました。

開港地の横浜で外国人が洋犬を連れて歩いています。

Come here!(こっちへおいで!)

と愛犬に声をかける外国人。

これが日本人には

「カメや!」

と聞こえ、「そうか、外国では犬を“カメ”というのか!」と勘違い。

日本人が洋犬に呼びかけます。「カメや! カメや!」

「カメや!」が外国人にはcome here! と聞こえます。

「そうか、日本では犬を“come here”というのか!」

話はかみ合っているようで、微妙にずれています。

明治時代、洋犬=カメは日本人にもてはやされ、「カメにあらずんば犬にあらず」という世が到来します。カメは和犬と比べて体格がよく、賢いというのです。庶民も文豪も天皇も、カメを溺愛します。このカメの名で最もポピュラーだったのが「ポチ」でした。

西南戦争の終結直前まで「犬と生きた」西郷隆盛

さて、犬といえば西郷どんです。西郷の犬好きは異常と言えるほどで、どこへ行くにも犬と一緒。誰それの猟犬が賢いと聞けば、大枚をはたいて強引にでも譲ってもらう。犬に鰻飯を食わすのが至福の時…という具合。

この犬偏愛ぶりは、明治十年二月に始まる西南戦争においても同様でした。西郷はなんと猟犬数匹を率いて出陣し、政府軍との戦闘には加わらずに山野で兎狩に明け暮れていたのです!

なにもこんな時まで犬と狩など…と思ってしまいますが、西郷の胸の内はこうでした。「精鋭の薩摩士族が本気で立ち上がれば、維新の志を忘れた政府の態度を改めさせることができるはずだ」。ただ、西郷自身は内戦を起こすつもりはありませんでした。その意思表示として犬連れで出陣し、狩をしていたのです。

ところが西郷の思惑に反して、戦況は薩軍劣勢で進んでいきます。物量では政府軍が圧倒的に優勢です。明治十年八月十五日、宮崎。薩軍兵士は当初の三万から三千五百。もはや敗勢は挽回しようがなく、ここに至ってついに西郷は愛犬数匹を解き放ち、戦闘の指揮をとります。

その約一か月後、西郷は鹿児島・城山で自刃するのですが、なんと西郷が放った犬の一匹が西郷を追って鹿児島まで二百キロを駆け戻っていました。しかし、弾丸飛び交う城山には接近できず、西郷が飼う前に飼主だった者の家に辿り着きます。その翌日に、西郷は自刃したのでした。

──以上、本書の内容のほんの一端をご紹介しました。犬好き、幕末好きにはたまらない一冊に仕上がっていますので、ぜひご一読ください。

(担当/貞島)

仁科邦男(にしな くにお)

1948年東京生まれ。70年、早稲田大学政治経済学部卒業後、毎日新聞社入社。下関支局、西部本社報道部、『サンデー毎日』編集部、社会部、生活家庭部、運動部、地方部などを経て2001年、出版局長。05年から11年まで毎日映画社社長を務める。名もない犬たちが日本人の生活とどのように関わり、その生態がどのように変化してきたか、文献史料をもとに研究を続ける。07年より会員誌『動物文学』(動物文学会発行)に「犬の日本史」を連載中。著書に『犬の伊勢参り』(平凡社新書)がある。

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