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うまい日本酒をつくる人たち

すわ、日本酒ブーム到来! 
 なんて声がきこえてきたのは、2015年あたりからだったでしょうか。
 友人知人は、「妙齢のお嬢さんが日本酒を呑んでいる」と注進してきます。

 SNSでは、たくさんの御仁が、この酒についてご批評をしてらっしゃる。
 テレビや雑誌、新聞での日本酒の報道をみかけることだって、ずいぶんと多くなった。輸出額は増加の一途です。
 大学に日本酒を愛好するサークルができているというのも知りました。私の世代の学生時代といえば、日本酒なんて鬼門そのもの、こんなにマズくて悪酔いするモンはなかったんですが……。 
 当初は私も、「ふ〜〜ん」なんて生返事しつつ、一升瓶を抱き寄せ、欠け湯呑で冷や酒(常温の酒をこう呼びます)をチクとやっておったのですが、そのうち「むむっ、確かにナンかキテいるぞ」と、少しお尻のあたりがむずむずしはじめたのでありました。
 実際、盛り場をほっつき歩くと、以前は本格焼酎の一升瓶が並んでいたお店で、日本酒がとってかわっているのを見かけるようになりました。
 あろうことか(!)、東京あたりでは、日本酒を供するええカッコしい、もといスタイリッシュな店が目立って増えています。飲食業界は、イタリアンもどきが跋扈したあと、一気に和のテイストへなだれ込んだようです。
 日本酒の会だって、オッサンやマニアばかりの辛気臭いのではなく、爛侫Д広甅爛淵ぅ鉢瓩覆鵑召隆波弔如⊆禺圓簓惱子を多数動員するイベントも。 
「汎日本酒主義」を標榜する私といたしましては、まぶしいような、ようやく悪夢が覚めたみたいな、ちょっと愉快な心もちがしたものでした。

 日本酒は、1970年代半ばから、製造量、売上げともずるずると後退をはじめ、1990年代以降にいたっては、すさまじい勢いで坂道を転がり落ちてしまいます。酒蔵の数も、悲しくなるほど減る一方でした。
 そんな長期低落に、ようよう底が見えはじめたのは東日本大震災の直後です。
 なぜ、こうなったかについては、『うまい日本酒をつくる人たち 酒屋万流』の中に書いておりますので、ぜひご高覧ください。
 といいつつ、日本酒再注目の要因のひとつを申し上げれば、それはクオリティが飛躍的に向上していったことに尽きます。
 ようやく、うまい日本酒が身近になってきたのです。

『うまい日本酒をつくる人たち 酒屋万流』では、日夜「うまい日本酒」のことを想い、愛おしみ、醸している11人の蔵元や杜氏が登場します。
 新政、誉池月、丹澤山、蓬莱泉、まんさくの花、北雪、末廣、花巴、アフス、伊根満開そして大信州……いずれも銘酒と呼ぶにふさわしい逸品です。
 加えて、今回は世界に冠たるモルトウイスキー「イチローズモルト」のベンチャーウイスキー社、「馨和」をはじめうまいクラフトビールを醸すファーイーストブルーイング社も訪ね、それぞれのトップと語り合いました。
 テーマは日本酒、ウイスキー、ビールを問わず「酒に求められる本質」「酒をめぐる文化」です。日本酒が、今どこにいて、これからどこへ向かうのかについても考えました。
 日本酒にさほど興味がなくとも、日本の文化、モノづくりの本質ということに眼がいく方々には、ぜひ読んでいただきたいです。
 な〜んて書くと、シチ面倒な内容と誤解されてしまいそうですが、いえいえ、決して堅苦しくはありません。エッセイ、ルポとして気軽にページをめくってください。
 酒と相性のいいお料理、銘酒に銘蔵、名杜氏ガイドブック、ちょっとした旅行記の一面も備えております。

 前作『うまい日本酒はどこにある?』は2004年の初版、私にとっては最初の日本酒の本でした。あれから十余年、再び日本酒について書けたことの、ささやかなよろこびに浸っております。
 かつての私は、ワンテーマに一冊のみ、一冊にすべての想いを傾注させるのを是としておりました。だけど、日本酒のように奥深い素材は、とても一冊では書ききれません。知れば知るほど、書かねばならぬ事々が湧きだしてくるものだと知りました。
 だからこそ、衿と居住まいを正して、再び日本酒についてペンを走らせました。
 前作では地酒蔵と大メーカー、酒販店から居酒屋という具合に、日本酒という川の流れにそって書きました。
 今回の『うまい日本酒をつくる人たち』では、酒をつくる人たち、文化、本質にスポットライトを当てています。二作をもって、日本酒の外堀と内側を描くことができたと自負しております。

 前作と本作の間には、コミック『いっぽん!! しあわせの日本酒』(集英社)も挟まっています。この漫画の企画から酒と蔵の選定、取材、原作執筆を担当しました。それが本作の種子になったのは間違いありません。
 ただ、マンガは私の意図が100パーセントというわけにはいきません。今回の、文章で表現する『うまい日本酒をつくる人たち』は、いわば純米無濾過生原酒というところでしょうか。

 ひとつ、作中で触れながら、書き漏らしたことがあります。それは、私が普段どんな日本酒を呑んでいるのか? ということです。
 ここ数年は、純米酒を口にすることが多くなりました。
 シンプルに、純米大吟醸酒は敷居と値が高いということもありますが、ハイエンドならではの、ふくらみが華美でモワっとくる口当りが、どうも……いいオンナだけど、派手すぎてオレの手には余るみたいな……こういう、高級なお酒をいただくのは、蔵を訪ねた際や、仕事がらみのことが多いです(もちろん、その際には、ありがたく頂戴しております!)

 いつもは、普及版の酒を愉しんでいます。純米酒というグレードは、蔵の本質をみるのに、いちばん適しているのではないでしょうか。このクラスで香り、五味、キレとも抜群の酒とめぐりあったら、まさにしあわせです。
 家では、働き者だけど怖い女房、いっちょう前に日本酒好きになった息子と晩酌します。家族の意見は、素朴だけど辛辣でもあり、とても参考になります。

 冒頭に日本酒ブームと書きましたが、実のところ、私はこの風潮を、とってもウサン臭くみつめています。
 そも、ブームなんて、本質とはかかわりのないところにあるからです。
 日本人は、なにかというとバスに乗り遅れるな、とムキになりますし、潮目が変わればさーっと引いてしまう。マスコミが本気で日本酒のことを考えているかというと、これは、まったくもって疑問です。
 若い方々が日本酒を呑むのはお店のみ、しかもグラスで。あるお嬢さんは、猪口や盃のことは知っているけれど、それで呑んだことがないそうです。なるほどと思う一方で、彼女と日本酒にとって、不幸な時代がきていると胸がいたみました。
 一時は底を打ったとみられていた日本酒の実績だって、じわり、という感じで下降しつつあります。その煽りで蔵の数は減るばかり。実質1200ほど、と悲観的に推測されています。
 お酒を醸す側も、トレンドといわれる甘・酸・香というテイストに傾きがち。ことに若手のつくり手たちは、個性というものを勘違いしているように思えてなりません。
 本書のタイトルにも附した「酒屋万流」とは、いろんなつくり、味わいの酒が百花繚乱し、蔵ごとの個性、いわば文化が競いあうことをいいます。
 酒屋万流となれば、呑む愉しみが何倍にも増えていきます。

 たいへん残念ですが、日本酒は身近なようでいて、日常的な食文化ではなくなりつつあります。
 だからこそ、もう一度、日本酒にあたたかい眼を向けてほしい。日本の文化、大切にしてきた本質、ものづくりの真髄を、日本酒の深い味わいから思い起こしてみませんか?
 どうか『うまい日本酒をつくる人たち 酒屋万流』を手にとってください。
 純粋で真摯、心やさしき蔵元たちの言葉から、私たちが失ってはいけない、大切な事々に想いを馳せていただきたいのです。

(了)

増田晶文(ますだ・まさふみ)

作家。1960年大阪生まれ。同志社大学法学部卒業。人間の「果てなき渇望」を通底テーマに、さまざまなモチーフの作品を発表している。文芸作品に、歌麿や写楽を生み出した蔦屋重三郎を描く『稀代の本屋 蔦屋重三郎』(草思社)、新島襄と徳富蘇峰の軌跡を描いた『ジョーの夢』(講談社)、理想の小学校設立に奔走する若者たちが主人公の『エデュケーション』(新潮社)など。デビュー作『果てなき渇望』で文藝春秋ナンバー・スポーツノンフィクション新人賞および文春ベスト・スポーツノンフィクション第1位を獲得、『フィリピデスの懊悩』(『速すぎたランナー』に改題)で小学館ノンフィクション大賞優秀賞を受賞。その他『吉本興業の正体』『うまい日本酒はどこにある?』(ともに草思社文庫)、新刊に『うまい日本酒をつくる人たち』(草思社)。

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