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中国「絶望」家族

 数十年前まで、多くの新興国にとって増え続ける人口をどう抑制するかは喫緊の課題でした。そんな中、中国共産党が採用したのが前代未聞の社会実験「一人っ子政策」です。「人間の数を減らし、そのぶんだけ人間の質を上げる」という短絡的な政策を発案したのはロケット科学者でした。文革の嵐が収まった1980年から本格的に採用され、2015年まで続けられたこの政策は、結果的に中国社会が数十年かかっても解決できない数多くの問題を引き起こすことになります。

 本書はウォール・ストリート・ジャーナル特派員として2000年代に中国各地を取材し、急激な経済発展の裏側を活写する報道でピューリッツァー賞を受賞した女性記者(2007年、取材チームで受賞。国際報道部門)が、世界一の人口大国が背負うことになった負の遺産の実態を生々しく綴った本です。「一人っ子政策」はどのようにして生まれ、どのように社会に適用され、そして国民にどのような影響を与えたか。著者はその全貌を明らかにすべく中国全土をまわり、農民、役人、知識人、反体制派など、さまざまな立場の人びとに話を聞いています。

 社会の末端にまで張りめぐらされた「人口警察」のネットワーク、強制的に行なわれてきた中絶手術、「財源」として恣意的に罰金を科す地方役人たち、そして極端な人口抑制策がもたらした歪な人口バランスと結婚難、超高齢化……。地方の農村は結婚相手の女性が存在しない「光棍村(独身者の村)」となり、唯一のわが子に先立たれた老親たちには病院や施設にも入れない老後が待ち受けている――。それらはまるでディストピア小説の中の出来事のようでもありますが、著者は統計上の数字からは決して見えてこない個々人の物語を丹念に紡ぐことで、あらゆる「正しさ」を為政者が独占する国に生きる人びとの諦観と、その反動として生まれる剥き出しのプラグマティズムをも描き出してみせます。国家による家族計画の顛末を追うことで見えてくるのは、21世紀の超大国たらんとしている隣国が抱える闇であり、そこに生きる人びとの深い苦悩です。

 すぐれたノンフィクション作品は、隠された事実を明らかにするだけではなく、読み手の人生観を大きく揺さぶる力を持っています。本書はまさにそうした一冊です。

(担当/碇)

目次

第1章 大地震と家族
〇一三キロ離れて暮らす親と子
〇一人っ子政策の実験区を襲った悲劇
〇「中国にいたら、生まれていなかった」
〇急速に老いる人口大国
〇一人っ子政策は「不必要な政策」だった
〇戸籍を求める少女――一三万人の無戸籍中国人
〇苦しみに耐える「無限の力」
〇「流動人口」として生きる夫婦の現実
〇「当局の責任は問わない」という誓約書

第2章 空虚な宴
〇子供をもつべきか否か
〇一人っ子政策の副作用
〇「級友の孫を見るのが辛い」
〇人の数を減らし、人の質を高める
〇中国人アスリートの弱点、「大球・小球」説
〇「われらの前途はひたすら洋々」
〇死んだ子供の写真を掲げる親たち
〇「失独」という悪夢 

第3章 カサンドラとロケット科学者
〇計画出産の実験区「翼の町」
〇「四対二対一」の悲劇
〇ロケット科学者が唱導した人口抑制プラン
〇人口爆発が脅威だった時代
〇なぜ中国で「過激な社会実験」が可能だったか
〇政治に奉仕する科学
〇人口増加は予測できない
〇改革派対中国政府
〇強制中絶事件の衝撃
〇「出産の自由」への長い道のり
 

第4章 人口警察
〇八五〇〇万人のパートタイム指導員
〇テレビ、自転車、洗濯機……妊娠したら家財没収
〇「嫌な仕事だけど誰かがやらなければ」
〇「ノルマを守るためなら何をしても許される」
〇「元モンスター」が語る強制執行の実態 
〇罰金は地方の貴重な収入源
〇「社会扶養費」問題という突破口
〇封印されつづける悲劇 

第5章 「小皇帝」、大人になる
〇一人っ子世代の親が病気になるとき
〇ヒーローになった孝行息子
〇小皇帝調査の意外な結果
〇悲観的で安全志向な小皇帝世代
〇大学は出たけれど
〇「負け犬」の流行語化に当局が苦言
〇ゲーム業界のカリスマが感じる負い
〇親の過大な期待と過酷な入試制度
〇中国版ジャック・ケルアックの主張
〇性同一性障害の若者が考える「親孝行のかたち」 

第6章 人形の家へようこそ
〇社会をむしばむ異常な男女比
〇逃亡した花嫁、残った借金
〇独身男性が増えて好戦的な国に
〇マンションなくして結婚なし
〇悩める親たちのための「婚活マーケット」
〇ホワイトカラー向け婚活イベントに参加
〇政府による「剰女」啓蒙キャンペーン
〇「儒教ワークショップ」の教え
〇恩恵を受ける女性、商品化される女性
〇「相手は人形でも、セックスはリアル」
〇中国の伝統としての男女差別 

第7章 老いる場所、死ぬ場所
〇社会の高齢化で失われる「創造力」
〇中国老人だけで「世界第三位の人口大国」に
〇豊かになる前にやってきた「老い」
〇高齢者向けビジネスの難しさ
〇中国の高齢者がいちばん望むこと
〇退職後の人生、光と陰
〇国ができないことは家族がやれ
〇農村で頻発する老人虐待事件
〇「裸足の医者」が不可欠な場所
〇親の「脱神秘化」
〇減速する経済、間に合わない社会保障
〇世界最低ランクの「死ぬ環境」
〇変わりゆく家族のかたち 

第8章 運命の糸
〇中国人養子の経歴調査会社
〇人道的行為か、人身売買か
〇蔓延する乳幼児売買
〇養父母の九五パーセントが知りたくない事実
〇フィクションだった「感動のエピソード」
〇きっかけは「発見情報料」
〇孤児院の過半数が人身売買に関与?
〇養子の子供たちに共通する喪失感
〇DNA調査というパンドラの箱
〇子供を誘拐する地方役人たち
〇「幸せな暮らし」で犯罪を正当化できるか 

第9章 国境を超える子供たち
〇北京で不妊治療を受ける
〇中国で双子が急増した理由
〇「男児確約サービス」を打ち出す業者
〇生殖に憑りつかれた人たち
〇中国人カップルが米国での代理母出産を決めた理由
〇代理母の動機、依頼者の動機
〇知能、身長、容姿、血液型、二重まぶた
〇中国人と優生学の親和性
〇「合理主義」の行き着く先

メイ・フォン( Mei・Fong )

マレーシア生まれの中国系アメリカ人ジャーナリスト。ウォール・ストリート・ジャーナル中国支局の記者として中国・香港の取材を担当し、2007年ピューリッツァー賞を受賞(国際報道部門)。中国の出稼ぎ労働者に関する記事でアムネスティ・インターナショナルと香港外国記者会からアジア人権報道賞も得ている。南カリフォルニア大学(USC)アネンバーグ・コミュニケーション・ジャーナリズム学部で教鞭をとったのち、現在はワシントンDCのシンクタンクNew Americaの研究員を務めている。

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