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原節子か山本富士子か淡島千景か有馬稲子か淡路恵子か 『女優にあるまじき高峰秀子』斎藤明美著

 本書は高峰秀子の養女・斎藤明美さんが書いた「高峰秀子論」であるとともに、日本映画「女優論」ともいうべき内容になっている。著者は週刊誌の取材記者として20年のキャリアがあるが、その取材のなかでのべ300人の女優にインタビューしているという。数人を除いで多くの女優は傲慢で傍若無人だった。「私は女優よ」というオーラを周囲に漂わせていた。その女優たちの振る舞いと高峰峰子の静かなたたずまいを対比的に描くのが本書の狙いである。女優たちはいずれも高名な人たちらしいがすべて匿名である。

 ●インタビューの最中にたびたび四十過ぎの息子から電話があり、「ママ、いま取材中なのよ」と答えていた女優(「マネージャー、付き人を持たない」の項)。
 ●「目立ちたくないの」と言いながら真っ赤なスカーフに大きな真っ黒のサングラスをかけてきて「かえって目立っていた」女優(「目立つのが嫌い」の項)
 ●出したばかりの自伝で某監督との不倫沙汰を細かく書いていたのに「それには触れないで」と声を荒げた女優(「話が短い」の項)。
 ●お抱えの運転手が「あの人は畳の上じゃ死ねないよ」とさんざん悪口を言っていた女優(「人の手を煩わせない」の項)。

 などなど、さまざまなエピソードが出てくるが、誰だろうかと推測して読むのも面白い。
 高峰秀子と同時代の日本映画黄金時代の女優たち、例えば山本富士子か淡島千景か有馬稲子か淡路恵子か。著者は教えてくれないのでわからない。
 ただ、「自然に引退した」という項で触れられている女優はおそらく原節子だろうということはわかる。高峰が五十五歳で「引退します」と言ってあっさりやめてからの晩年の静穏な生き方に比べて、原は「なぜ辞めた」のかも不明で、一切の取材にも応じず、かえって世の関心を引き続けた。そこに女優の目立ちたいのに目立ちたくないという屈折した過剰な自意識を著者は見ている。原節子の晩年は謎であるが、本書のような見方は一理あって面白い。

(担当/木谷)

斎藤明美

1956年、高知県生まれ。津田塾大学卒業後、高校教師、テレビ構成作家を経て「週刊文春」の記者を20年間務め、2006年フリーに。1999年、処女小説「青々と」で日本海文学大賞奨励賞受賞。記者時代から松山善三・高峰秀子夫妻と交遊があり、2009年、養女となる。著書に『高峰秀子の流儀』(新潮社)『高峰秀子が愛した男』(河出文庫)『煙のようになって消えていきたいの――高峰秀子が遺した言葉』(PHP研究所)など多数。

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