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立ち読みコーナー
いのちの始まりと終わりに
柳澤桂子
はじめに

 この数十年、科学は驚くほど急速に発展しました。なかでも生命科学と医学の発達は加速度的でさえあります。そのような時代に、私たちは死からは顔をそむけ、どんな病気も医学は治せると思いこみ、現状を受け入れて謙虚につつましくあることを忘れてしまったかのように生きています。
 しかし、現実を直視すれば、私たちは絶滅の瀬戸際にたたされていることに気づくでしょう。地球を一瞬にして粉砕してしまうほどの核爆弾をもち、化学物質で環境を汚染し、核廃棄物の処理のしかたもわからないのに、原子力発電による電気をどんどん消費しています。
 医療にかぎってみても、今すぐ、考えなければならないことが山積みされています。人はいつから人になるのか。受精直後か、意識が芽生えてからか。人はいつ死ぬのか。脳幹が死んだときか、心臓が止まったときか。出生前診断で、子供に異常が見つかったらどうするか。高齢者が多くなっていくなか、介護の問題はどうするのかなど、などです。
 医療からわずかにはずれたところにも、問題はたくさんあります。健康そうに生まれた子供が、発育するにつれて精神的な問題をもつことがわかったらどうしたらよいのか。殺人や暴力はどのようにして防いだらよいのか。父親や、母親は子供をどのように育てればよいのか。壮年の人々は生きがいをもって働いているのか。定年をどのように迎えればよいのか。老いに対してどのように向き合っていけばよいのか。自分の死をどう受け止めればよいか。 
 私たちは人生のすべての局面で、いいえ、人生を通してたえず「いのちをどう考えるか」という問題に向き合っているといっても過言ではありません。そして、自分の問題というだけでなく、子供たちの、家族の、そして大きくいえば、これは人類全体に関わることがらなのです。
 どの問題も簡単に答えられるものではありませんが、そのうちのかなりのものは、生命倫理という分野で討議される問題です。けれども、倫理とはいったい何なのでしょうか。広辞苑第四版によると、倫理とは「道徳の規範となる原理」ということになりますが、では、道徳とは何でしょうか。
 このように考えていくと、はじめから終わりまで、わからないことずくめです。けれども、これらの問題はすべて、私たちが生きていくことと関連しているので、「わからない」ではすまされないことです。
 これからみなさんとごいっしょに、いろいろな問題について考えていきたいと思います。一番たいせつなことは「考える」ということでしょう。そのうえで、これらの個々の問題をどのように考えるかということを、ごいっしょに探っていきたいのです。この本がみなさんの心に一滴のしずくとして落ちてくれることを心から願っています。


柳澤桂子
1938年東京生まれ。お茶の水女子大学を卒業後、コロンビア大学大学院を修了。生命科学者として研究の第一線にいたが、病に倒れ断念。以来闘病をつづけながら、「生命とはなにか」を問う著作を執筆してきた。著書に、『二重らせんの私』(日本エッセイスト・クラブ賞受賞、早川書房)、『われわれはなぜ死ぬのか』、『生と死が創るもの』、『ふたたびの生』(以上、小社刊)他多数。