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立ち読みコーナー
子どもの話にどんな返事をしてますか?
――親がこう答えれば、子どもは自分で考えはじめる
ハイム・G・ギノット 著 / 菅靖彦 訳
はじめに

 朝、目を覚まして、子どもの人生をみじめにしてやろうと思う親はいない。「今日は、チャンスがあれば子どもをどなりつけてやろう。うるさく小言を言って、うんと恥をかかせてやるんだ」などとは考えない。
 逆に、ほとんどの親は朝にはこう思っている。「今日は心穏やかに暮らそう。どなったり、口やかましく言ったり、口論したりするのはよそう」
 ところが、そう思っているにもかかわらず、望みもしない戦いがまた勃発するのだ。
 子育てとは、日々の小さな出来事の積み重ねであり、ときに衝突や対応の必要な危機が発生するのは避けられない。親がどのような対応をするにせよ、それはかならずなんらかの結果を生み、よきにつけ悪しきにつけ、子どもの人格の形成や自尊心の育成に影響をおよぼす。
 子どもを傷つけるような対応の仕方をするのは底意地の悪い親だけだとわたしたちは思いがちである。だが、不幸なことに、そうではない。愛情豊かで、善意の心をもった親でも、責める、辱める、非難する、あざける、脅す、金品で買収する、レッテルを貼る、罰する、説教する、道徳をおしつける、といったことをひんぱんにしている。
 なぜだろう?
 たいていの親は、言葉がもつ破壊的な力に気づいていないからだ。
 親たちは、気づくと、自分が親から言われたことを子どもたちに言っている。自分の嫌いな口調で、言うつもりのなかったことを言っているのだ。そのようなコミュニケーションの悲劇は、思いやりに欠けているからではなく、理解不足に起因していることが多い。
 親は子どもたちとのかかわりで、特別なコミュニケーションのスキルを必要とする。外科医が手術室にやってきて、麻酔前の患者に向かってこう言ったら、患者はどんなふうに感じるだろう? 「ほんとうのことを言うと、手術の訓練をあまり受けていないんです。でも、患者さんを愛してますし、常識はずれのことはしませんから」おそらく患者はあわてて逃げだすだろう。
 でも、愛と常識で十分だと信じている親をもつ子どもは、そう簡単に逃げだすわけにはいかない。子どもたちの日々の要求に応える能力を身につけるためには、親だって、外科医と同じように、特殊なスキルを学ぶ必要があるのだ。熟練した外科医が慎重に手術をするように、親も、言葉を使うときには慎重に用いなければならない。なぜなら、言葉はナイフのようなもので、人を肉体的に傷つけることはないかもしれないが、感情的に傷つける危険があるからだ。
 子どもとのコミュニケーションを改善したかったら、何からはじめればいいのだろう?
 まず、子どもへの対応の仕方を調べる必要がある。そして、ふるまいを批判するのではなく、気持ちをくむ言葉を身につけなけれはならない。それは大人が、客や見知らぬ人にたいするときに使う言葉だ。
 たとえば、傘を忘れた客にわたしたちは何と言うだろう? その人を追いかけていって、こんなふうに言うだろうか?「いったい、どうしたんですか? あなたはここに来るたびに何かしら忘れますよ。これじゃなければあれ、という具合にね。どうして妹さんのようになれないんです? 妹さんは忘れ物なんかしませんよ。あなたは四十四歳にもなってるっていうのに、いくつになったら学ぶんです? 私はあなたの後始末をする召使いじゃないんですからね! 頭をどこかに置き忘れてきたんじゃありませんか?」
 こんなふうには言わず、ただ「アリスさん、傘をお忘れですよ」と言って傘を差しだすだけで、「そそっかしい人ですね」などとよけいなことは言わない。
 親は、お客さんにたいするように子どもに対応する方法を学ばなければならない。
 親は子どもに安全で幸せになってもらいたいと願っている。わざわざ自分の子どもを怯えの強い恥ずかしがりやに育てようとする親はいない。分別のない憎らしい子どもになってもらいたいと願う親もいない。
 ところが、多くの子どもは成長する過程で、好ましくない性格を身につけ、安心感を抱けず、自分自身やほかの人を敬う態度をつちかうことができない。親は子どもに礼儀正しくなってもらいたいと願うのに、子どもは無作法になる。整頓好きになってほしいと思うのに、散らかしやになる。自信をもってもらいたいと思うのに、不安で落ち着かなくなる。幸せになってもらいたいと願うのに、なかなかそうはならない。
 親は子どもが立派な人間になるのを応援してやることができる。思いやりと勇気と責任感をもった人間、芯の強さをもって正直に生きる人間になるのを手伝ってやれるのだ。
 そのような人間味のある目標を達成するには、親は人間味のある子育ての方法を学ばなければならない。愛だけでは十分ではない。直感だけでも不十分である。よい親はスキルを必要とする。そのようなスキルをどうやって身につけ、活用したらいいかが、本書のおもなテーマである。スキルを身につければ、親が望む理想を日々の実践に生かせるようになるだろう。
 また、親が、子育てにおいて何を目標とすればいいかをはっきりさせ、その目標を達成する方法を見つける手伝いができれば、と思っている。親は、具体的な解決策を必要とする具体的な問題に直面している。「子どもにもっと愛情を」「子どもにもっと関心を示しなさい」「子どもにもっと時間をあたえなさい」といった決まりきったアドバイスでは、助けにならないのだ。
 長年、私は、個人的なセッションだけではなく、集団的な心理療法や子育てのワークショップを通しても、親や子どもたちに接してきた。本書はそのような体験が結実したものだ。だからこれは実践的なガイドブックであり、すべての親が直面する日々の状況や心理的問題にたいする、具体的な提案や望ましい解決策をおさめてある。いずれも基本的なコミュニケーション原理から導かれた具体的なアドバイスなので、親が子どもたちと、おたがいを尊重しながら威厳をもって暮らしていく助けとなるだろう。


ハイム・G・ギノット
イスラエルで教師を経験した後、コロンビア大学で博士号を取得。臨床心理学者、子どものセラピストとして活躍し、親の教育プログラムを実施する。本書は、親と子どもの関係に革命的変化をもたらしたと評され、30カ国に翻訳され、累計500万部を超えるロングベストセラーとなった、親子のコミュニケーションにかんする古典的名著である。