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立ち読みコーナー
あれも うふふ これも うふふ
――暮らしのなかの笑いさがし
伊奈かっぺい 著
まえがき

 夜中にひとり、突然思いついた楽しい話を日記の隅にメモをしておく。思いついた楽しい話。ゆうべはふたつ。今夜はみっつ。こんなに立てつづけに楽しい話を思いつくのはすごいことだ、うん。
 そこで、稲ワラを一握り。ひもでしばってデスクの上の天井から吊るしておくことに。もう大丈夫。何か楽しい話を思いつくたびに、その稲ワラをつかむ。……才能におぼれそうになるから。
 もし今度、どこかで話す機会があったら、この話をしてみよう。どこかで話す機会があったらだ。
 毎晩のように飲み歩いてはいたが、飲み代はいつもツケだった。それでも月に一度、給料日の夜に一ヵ月分の飲み代を精算する。
 しかし、払いに出かけたその夜の分はまたツケとなる。つまり、いったんは精算するが、すぐまたツケが始まる。こんな飲み方をセイサンカリといい、身体にはあまりよくない。
 この話も今度どこかで話す機会があったら、うれしいな。
 アナウンサーは決して訛ってはいないのだが、聞くほうの耳が訛っているから、ラジオの時報、
「セイコーの時計がシチズン(七時)をお知らせいたします」
 コマーシャル。スカッとさわやかなコカ・コーラの王冠を勢いよく抜くと、ペプシッと聞こえる。聞こえるような気がする。聞こえるにちがいない。聞こえてほしい。聞こえたら楽しいのになあ。

 これらの話はみんな、今から三十年以上も前の日記の片隅にメモとして残っていたものだ。どこかで話す機会があったら……。
 その後、おかげさまの流れのなかで、あちらでもこちらでも、もう聞き飽きたという人の耳許でも繰り返す機会に恵まれ……過ぎたかも。
 しかし、話のもとはすべて日記の片隅のメモでしかないので、複雑な謎がからみあったり、壮大なストーリーが宇宙をかけめぐったりはしない。
 ちょっと寂しくなったときに、フッと笑える話を見つけ出す。探し出す。無理を承知でつくりだす。
 だから、めったなことでは、腹をかかえて転げまわったりするような話は生まれない。
 そのあたりの経緯は、本文をじっくり読んでいただくと、よくわかるはずですが、じっくり読むヒマも時間もない方のために、今こうして……無理な言い訳を。うふふ。
 そんなこんなで二十年が過ぎ、三十年を越して──どこでどう聞き及んだものか──どうでしょう、耳で聞いて笑える話を、目で活字を追いながらでも同じように笑えるものでしょうか、と声をかけられた。
 さあて、プロの作家であれば──
 なぜなら、私だって今までに何度も活字を目で追いながら大笑いをした経験がある。
 しかし私の場合は、あくまでも六畳一間のヒマつぶしの片手間の日記の、ささやかな場外乱闘みたいなもんだからなあ。
 テレビよりもラジオ。映画は映画館で。ワープロより万年筆。ボールペンよりも毛筆が好き。ケータイより赤でんわ。メールより手紙とはがき……そんなオジサンの独り言か。
 時代が変わっても人間は何かのはずみで、ふと寂しくなるはずだから、そんなとき、フッと笑える話……うふふ……くらいの話なら活字にできるかもしれないと思って。



伊奈かっぺい
昭和22(1947)年、弘前生まれ。本名・佐藤元伸。方言詩人、津軽弁の名手として知られる。13歳のとき母親を、18歳のとき父親を亡くす。姉二人、末っ子の長男。20歳のとき、青森放送に入社。17年という長い独身時代をへて、結婚。現在、一男三女の父。昭和49年、方言詩集『消ゴムでかいた落書き』を自費出版。昭和52年、日本コロムビアから同名のタイトルで朗読のレコード、カセットテープをリリース(現在はCD)。ほかに『平成消ゴムでかいた落書き』『旅の空うわの空』『津軽弁・違る弁!』(いずれもおふぃす・ぐう)、CDに「雪は天から人は地から」「へばだば」「講演会ごっこ」(いずれも日本コロムビア)など多数。