定時ニュースで、必ず為替相場と株価の動きを伝えるようになったのはいつからだろう。もちろん、円が固定相場制をとっていたときにはそんなことはなかった。円・ドル相場が動き始めたころには、円高、円安と聞いても数字がどちら側に動いたのかぴんとこなかったものだが、いまでは若者でさえ、円高、じゃ外国旅行をすると得だね、などと話している。わたしたちの暮らしのなかの「お金」の存在感はますます大きくなっているようだ。
もちろん「金で買えない」ものはこの世にいくらでもある。いま訳者の仕事場の窓の外に見えている青い空、緑の山、木々もそこで暮らす生き物も、そして人間も金でなんか買えない。だが、確かに「買えるもの」は金で買える。そして、わたしたちの日常生活はたぶん金なしでは成り立たなくなっている。
では、その「お金」とは何なのだろう。
昔、人間は物々交換をしておりました。山の人は余った山の幸を、海の人は余った海の幸を持ち寄って交換しました。そのうち、直接交換するよりもお互いが欲しいものを仲介にしたほうが便利だと気づきました。美しい貝殻や石などが交換手段として使われるようになりました。これがお金の始まりです。こういうストーリーがある。それじゃいまの「お金」はみんなが欲しいものなのか。
幼い姪たちにお年玉をやった。お姉ちゃんには百円玉、妹には十円玉。そうしたらお姉ちゃんが「赤いほうがいい」と泣いた。金銭を知らない目には、お金なんてそんなものではないのか。だいたい、貨幣なんかよりきれいなビーズはいくらでもあるし、お札も審美的に価値があるとは思えない。
お金なんてものは、人が受け取ってくれるから、流通するから、重宝なだけで、ある日、あなたがもっているお金は今日から使えなくなりました、と言われたら、ただのゴミになる。新札発行の際にデノミを強行するという噂が流れた。そのときひやっとした方は、お金が国家権力に裏打ちされた幻想であるという事実の一端に触れたのではないか。
とりあえずお金の裏には中央銀行と国家というものがあるらしい、ということはわかる。では具体的に中央銀行はどうやってお金をつくりだすのかということが、訳者にとっては長いあいだの謎だった。経済学の入門書やしろうと向けの説明を読んでも、そんな基本的なことは書いてない。そんなことは自明、了解事項で、全員がわかっているという前提で、いきなり乗数効果なんていう話に飛んでしまう。でもこれじゃ訳者のような人間は困る。経済新聞のそれらしい解説記事を読んでも、さっぱりわけがわからない。景気の話、金融危機の話、ドルの話、みんな
そこに現れたのが本書である。本書は、お金とは何かだって? あなたはそんなこともわからないのか? とばかにしたりはしなかった。それどころか、じつはお金にはとんでもない秘密があるんですよ、しかもその秘密が世界を動かしてきたんです、と著者は膝を乗り出したのである。
さきほどお金とは国家権力に裏打ちされた幻想だ、と言った。昔はそうではなかった(らしい)。お札をもっていくと、金か銀に換えてもらえる、そういう時代があった。この場合のお金は幻想ではない。でも現代のお金は不換紙幣だ。不換紙幣は無から生まれる。正確には無から生まれるのではなく、借金から生まれる。不換紙幣は誰かの借用証書なのだ。ええ、そうなの!? と思われた方、ぜひ本書を読んでいただきたい。
少し前、日本には金融危機が起こった。大銀行は収益性を回復したというニュースがあったから、もう「危機は脱した」のかもしれない。訳者の若いころには、大銀行はつぶれないものだったのに、今度は大手銀行がばたばた倒れた。いや倒れたのではなくて姿を変えたらしい。銀行国有化とか公的資金注入などという言葉もとびかった。何なんだ、何が起こっているのだ、と世間は騒然としたように見えたが、
マエストロと呼ばれたグリーンスパンFRB議長が来年は退任すると報じられている。本書の著者は骨の髄からの自由主義者、小さい政府主義者で、グリーンスパン議長が君臨する連邦準備制度および現在の金・銀に裏づけられない不換紙幣は間遠いだと考え、兌換紙幣に戻すべきだと考えている。それこそが、健全なマネーを市民の手に取り戻すことだというのである。歴史を考えてみても、戦争の裏にはつねにマネーがあった。マネーが人を
紹介されたときは本書の厚さにぎょっとしたものの、内容のおもしろさに惹かれて、ぜひ翻訳させてください、と頼み込んだ。訳者の希望を受け入れて、版権取得に動いてくださった草思社の当間里江子さん、細かな注を含む原稿整理にあたってくださった深井彩美子さんには深く感謝する。じつはゲラが出たとき、その分厚さに再び一瞬ひるんだのだが、しかし読み直してみて、やっぱりすごい! と思った。翻訳者としていままでいろいろな仕事をさせていただいたが、とにかくおもしろい、ということではこの十五年で本書がぴか一。おまけに「目から鱗が落ちる」ことうけあい、厚いけれど厚いだけのことはあり、読み始めれば厚さが気にならないくらいおもしろい、と断言する。ぜひお読みください!
二〇〇五年八月 吉田利子