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ホタル帰る

ISBN 978-4-7942-1060-9
2001年05月刊
定価1,575円(本体1,500円)
「小母ちゃん、死んだらまた小母ちゃんのところへ、ホタルになって帰ってくる」
 昭和20年6月、出撃の前夜、特攻隊員の宮川軍曹は鳥浜トメにこう言い残して鹿児島県知覧基地から出撃していった。ところがその夜、トメの家に、本当に一匹のホタルが入ってきたのである。
 軍の指定食堂を経営する鳥浜トメは長女の美阿子と次女の礼子とともに、出撃する特攻隊員を温かく迎え、送りだした。隊員たちもトメを実母のように慕った。トメの生き方と特攻隊員たちの最後の様子を、トメの娘礼子がありのままに語った感動の物語。
追悼 赤羽礼子さん
本書の著者(共著)。 昭和5(1930)年、鹿児島県知覧生まれ。20年2月、県立知覧高等女学校3年進級を前にして、勤労動員で知覧の特攻基地へ。隊員の世話をする。動員解除後は母トメのもとで隊員たちの世話をする。31年赤羽茂一と結婚。二児の母に。45年、新宿三丁目に酒亭‘薩摩おごじょ’を開店、元特攻隊員が全国から礼子を慕って集い、賑わった。平成17年10月16日腎臓ガンのため逝去。

口絵より

特攻隊員から「小母ちゃん、小母ちゃん」と実母のように慕われた、本書の主人公、鳥浜トメ(鹿児島県知覧町にて昭和20年、43歳)。


(上)トメはさつま揚げの行商などをして家計を支える一方、色白で器量よしだったので、着物のモデルや知覧提灯の広告モデルにも抜擢された(大正15年頃)。

(左)昭和4年、トメは27歳のときに、知覧町の商店街に「富屋食堂」を開く。その温かい雰囲気に特攻隊員が多数、出入りした。

(右)富屋食堂が飛行兵のオアシスになるにつれて、トメの娘たちとも交流が生まれる。後列中央が次女の礼子。
稲田光男伍長(飛行第103戦隊。昭和20年5月10日出撃戦死、18歳)

新田豊蔵伍長(飛行第103戦隊。昭和20年5月25日出撃戦死、18歳)
戦後、飛行場跡地に棒杭を立てて、特攻兵の墓として毎日お参りをしてきたトメは、一方で知覧町役場に出向いて観音像建立を口説き、念願かなって昭和30年9月、飛行場跡地の一角に観音様が安置された。
献灯運動の中心だったトメはみずから献灯しただけでなく、金額の足りない寄進者には、足りない分を自分で補った。
光山文博少尉。富屋に来た最初からトメに「ぼくは朝鮮人です」と言っていた。出撃の前夜(昭和20年5月10日)、祖国の歌アリランを泣きながら歌った。

宮川三郎軍曹(第10武隊)は、出撃の前夜(昭和20年6月5日)、富屋でトメに、「死んだらまた小母ちゃんのところへ、ホタルになって帰ってくるよ」と言い残した。
知覧飛行場の跡地を見つめるトメ。その視線の先には、特攻兵たちが最期に瞼に焼き付けた開聞岳があったにちがいない。

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トメの目から見た特攻隊最後の日々を描いた東映映画
『俺は、君のためにこそ死ににいく』(石原慎太郎脚本・製作総指揮)は来夏公開予定