草思社

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自然保護の世界にもあった「昔はよかった論」

「自然」という幻想
――多自然ガーデニングによる新しい自然保護
エマ・マリス 著/岸由二・小宮繁 訳

人気TV番組に見る外来種駆除の困難さ。駆除の労力は別のことに使った方が…

 ため池の水を抜き、外来種を駆除するというテレビ番組が人気になっています。あの番組を観てよくわかることの一つは、外来種の駆除に多大な労力を割いても、成果はあまりにも少ないということです。日本中から外来種を根絶して「過去の自然」を取り戻すのは、現実的な予算ではもはや不可能と考えざるを得ません。限られた地域で特に有害な種だけをねらい、その減少を目指す、というのが現実的なところでしょう。本書によれば、世界中で外来種駆除の費用対効果の悪さは明らかになっています。さらに、外来種の種類によっては環境や人間の生活に何ら悪影響を与えていない場合や、在来種の成育を助けている場合さえあることを報告する研究もあるといいます。手当たり次第の外来種駆除よりは、その労力や予算を別の自然保護施策に使ったほうがよさそうです。
 本書は、人間の影響を排除して「過去の自然」を取り戻すことや「手つかずの自然」を守ることばかりに固執してきた従来の自然保護を批判し、もっと多様で現実的な目標を設定する自然保護のあり方を提案する本です。では「多様な現実的な目標設定」とはどのようなものでしょうか。

人間が改変してしまった自然は、人間が介入して守るべきだ

 たとえば、「温暖化による絶滅の回避」です。動植物はそれぞれの種にとって好適な気候のところに生育していますが、温暖化に伴い、極方向や高地へ移動する必要に迫られています。しかし、温暖化があまりに急激なため、移動を自然に任せていると、多くの種が絶滅する危険があります。この危険に対し、市民ナチュラリストや林業関係者の一部が立ち上がり、樹木を寒冷な地へ人の手で引っ越しさせる「管理移転」を開始しました。しかし、移転先の土地ではそれらの樹木は「外来種」です。この行為を目前にし、生態学者たちは「自然への介入を許容するか」「絶滅を容認するか」というジレンマに陥りました。ところがいまや、この管理移転の指針づくりに協力するなど、生態学者たちも温暖化による絶滅回避に向け動き始めています。これは「過去の自然」の再現や「手つかずの自然」の防衛ではなく、「絶滅の回避」という目標を掲げて自然への積極的な介入を行う、新たな自然保護の形と言えます。
 本書は、「手つかずの自然」の崇拝はアメリカで生まれた文化的信条で、それが世界中に輸出されたものであることや、「過去の自然」は安定していて環境保全などの機能も優れていたという仮説が研究により否定されていることを指摘しています。「過去の自然を取り戻せば、さまざまな問題が解決する」という考えは幻想に過ぎないのです。さらにいえば、自然そのものが持つ大きなゆらぎと、人間による環境破壊により、どの時代の過去であれ、過去の自然の回復は不可能です。盲目的に過去を取り戻そうとするのでなく、「絶滅を回避する」「鳥や蝶の渡りを助ける」「在来種の繁殖を促進する」などの現実的で多様な目標を持って、積極的に自然に介入する自然保護が今こそ必要であると著者は提案しています。自然環境の行く末に少しでも興味のある方には、是非とも読んでいただきたい一冊です。

(担当/久保田)

著者紹介

エマ・マリス
サイエンスライター。自然、人々、食べ物、言語、書籍、映画などについて執筆。数年間記者として勤務していたネイチャー誌のほか、ナショナルジオグラフィック、ニューヨークタイムス、ワイヤード、グリスト、スレート、オンアースなどの雑誌・新聞に寄稿している。ワシントン州シアトル出身、オレゴン州クラマスフォールズ在住。
岸由二(きし・ゆうじ)
慶應義塾大学名誉教授。生態学専攻。NPO法人代表として、鶴見川流域や神奈川県三浦市小網代の谷で〈流域思考〉の都市再生・環境保全を推進。著書に『自然へのまなざし』(紀伊國屋書店)『リバーネーム』(リトル・モア)『「奇跡の自然」の守りかた』(ちくまプリマー新書)など。訳書にドーキンス『利己的な遺伝子』(共訳、紀伊國屋書店)ウィルソン『人間の本性について』(ちくま学芸文庫)ソベル『足もとの自然から始めよう』(日経BP)など。国土交通省河川分科会、鶴見川流域水委員会委員。
小宮繁(こみや・しげる)
慶應義塾大学理工学部講師。慶應義塾大学文学研究科博士課程単位取得退学(英米文学専攻)。専門は20世紀イギリス文学。1989~91年、ケンブリッジ大学訪問講師。2012年3月より、慶應義塾大学日吉キャンパスにおいて、雑木林再生・水循環回復に取り組む非営利団体、日吉丸の会の代表をつとめている。訳書にステージャ『10万年の未来地球史』(岸由二監修、日経BP)。
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