草思社

話題の本

このエントリーをはてなブックマークに追加
Clip to Evernote

教育は簡単にできるものか、難しいものか。

教師の仕事がブラック化する本当の理由
喜入克 著

 著者は本書の中で、人間とは複雑なものであると繰り返し書いている。その一つの例として近年流行りの「命を守る教育」というものを上げている。そこでは学校で優先されるべきものはまず「生徒の命を守る」ことだとされ、最近、年頭の校長訓示の中でも、よく声高に語る人が多い。それで何が起こったかというと「生徒が家出した」という一報が入ったら、担任教師は大慌てで各方面に連絡し、その一日、対応で追われ、他の生徒の教育はおろそかにされる。そのあげく当の生徒といえばゲームセンターで遊んでいましたなどと言ってけろりとした顔で出てくる場合が多い。

 「家出した生徒は自殺しかねない」から出来る限り探さなくてはならないという論理なのだ。しかし、もちろん生徒の命は大切にしなければならない、そんなことは当たり前だ。 だが、人が自殺するのは何の兆候もなく行われることもあり、そのような行動を完全に防ぐことはできない、最近ではまったくそのそぶりも見せなかった有名男優や女優が相次いで自殺するという事件もあった。

 人間とは複雑なものであるというのが著者の人間観であり、また教育の根幹にもそれがあるというのが著者の考えである。これを単純化し、教育は効率化して簡単に行えるようにできる、という論理によって、どんどん官僚主義がのさばり、教育のカルチャーセンター化、予備校化、スポーツクラブ化が進んでいる。その一方で教師は現場で本来の意味での教育を行うために孤軍奮闘を強いられる。これが教師の仕事がブラック化する根本原因である。

 人間は複雑なものだから教育のしがいもあるのだと著者は訴える。

 この根本的な人間観の違いがあるので教育行政はうまく行っていない。例えば生徒の命を守ることが最大の目的なら警察や精神科医や福祉関係の人、弁護士などを総動員でことにあたらなければならない。それを一教師に担わせれば、本来行われるべき教育活動は著しく縮小されるし、教師にないものねだりをしているのが父兄であり、行政側である。A=Bにならないのが教育なのだという考え、だから商品売買のようなサービスとはなじまない、むしろ「贈与」的な教育観から考え、ある種の理想や誇りをもって行うのが教師なのだと著者は主張している。長年の教師体験をもとに書かれた本書は今日の教育を考えるうえで非常に重要な問題を衝いている。

(担当/木谷)

著者紹介

喜入克(きれい・かつみ)
1963年、東京生まれ。立命館大学文学部卒。1988年から都立高校の教師となる。2012年~2018年まで、三つの都立高校で、副校長を務める。管理職として都立高校の改革を目指したが、うまくいかなかった。そのため、2019年から、管理職を辞めて、一教師に戻る。現在、東京23区内の都立高校の教務主任。教科は国語科。プロ教師の会(埼玉教育塾)の会員、都立高校の現場から、教育を考えるミニコミ誌『喜入克の教育論「空色」』を主催している。著書に『高校が崩壊する』(革思社、1999年)、『それでもまだ生徒を教育できるのか?』(洋泉社、2002年)『「教育改革」は改革か』(PHP研究所)、『叱らない教師、逃げる生徒―この先にニートが待っている』(扶桑社、2005年)など。
この本を購入する