草思社

話題の本

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生殺与奪の権は、数学が握る

生と死を分ける数学
――人生の(ほぼ)すべてに数学が関係するわけ
キット・イェーツ 著 冨永星 訳

◆重大事のウラに必ず数学あり。新型コロナにも、BLM運動にも!

 数学を知らなかったり、誤用したりしたために、命を落とし、財産を失い、無実の罪を着せられた人が、なんと多いことか。

 思わずそう言いたくなるほど、本書には数学が原因となった事件・事故がたくさん紹介されています。

 さらには、今まさに世界的に注目を集めているブラック・ライブズ・マター運動のウラにある数学や、新型コロナウイルス感染症のPCR検査で問題となった偽陰性・偽陽性の数学、やはり新型コロナで注目された感染モデリングやワクチンによる集団免役の数学など、ホットな時事的話題の数学もわかりやすく解説しているのです。

◆殺人事件の濡れ衣から、難病治療に、結婚相手選びまで、人生のいたるところに数学が!

 本書で紹介される事件や事故のいくつかは、本当に深刻で、必ずしもハッピーエンドではありません。2人の幼い子どもを立て続けに急死で失った母親が、「乳幼児突然死症候群で2人の子どもが死ぬ確率は7300万分の1だから、殺人に違いない」という間違った数学的結論により濡れ衣を着せられた話。コンピュータの2進法を10進法に変換する際の誤差が積み重なって、ミサイル防御システムが誤作動、戦死した兵士の話。イギリス保健医療サービスが、難病の非常に高価な新薬を健康保険適用とすべきかどうか判定するのにつかう「神の方程式」と、その難病の子どもの話。どれも数学の話ではあるものの、ドキドキハラハラしながら、そして著者の見事な解説に納得しながら、どんどん読み進めてしまうことでしょう。

 その一方で、思わず人に話したくなるような、面白い数学ネタも満載です。たとえば、もしあなたが今18歳で、35歳までに結婚したいと思っていて、毎年別の異性とつきあうことができ、つまり最大17人と順番につきあえるとします。その中の最良の相手と結婚する確率を最大化するには、何人目まで見送って見極めるべきでしょうか。答えは6人目まで見送って、それまで以上にいい相手が現れるのを待つというもの(この作戦の数学的からくりは、本書をご覧ください!)。あるいは、私たちは平均寿命まで生きる確率を五分五分だと考えがちですが、じつは、平均寿命よりも長生きする人のほうが多いという事実と、その理由の数学的説明も書かれています。

 本書を読むと、目にする日々のニュースの裏側にも、数学があると気づかされ、考えたくなること間違いありません。じつは数学にあふれているこの世界を、より正しく、そしてより楽しく、見ることができるようになる一冊です。

(担当/久保田)

著者紹介

キット・イェーツ
英バース大学数理科学科上級講師であり同大数理生物学センターの共同ディレクター。2011年にオクスフォード大学で数学の博士号を取得。数学を使った彼の研究は胚形成からイナゴの群れ、睡眠病や卵殻の模様の形成にまでおよび、数学が現実世界のあらゆる種類の現象を説明できることを示している。とくに生物におけるランダム性の役割に関心を持っている。その数理生物学の研究は、BBCやガーディアン、テレグラフ、デイリーメール、サイエンティフィック・アメリカンなどで紹介されてきた。研究の傍ら、科学や数学の記事も執筆、サイエンスコミュニケーターとしても活動する。

訳者紹介

冨永星(とみなが・ほし)
1955年、京都生まれ。京都大学理学部数理科学系卒業。国立国会図書館、イタリア東方学研究所図書館司書、自由の森学園教員を経て、現在は一般向けの数学啓蒙書などの翻訳に従事。訳書は、デュ・ソートイ『素数の音楽』(新潮社)、スチュアート『若き数学者への手紙』(筑摩書房)、ヘイズ『ベッドルームで群論を』(みすず書房)、マグレイン『異端の統計学 ベイズ』(草思社)、ウィルクス『1から学ぶ大人の数学教室』(早川書房)、ロヴェッリ『時間は存在しない』(NHK出版)など。
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