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偉人が遺した品物が雄弁に語る、歴史の豊穣さ
歴史は細部に宿る。そうだとすれば、その細部たる歴史的な遺品を鑑識する眼の確かさこそが、歴史そのものの解像度を高めていくことになると言えます。
本書の著者ネイサン・ラーブ氏は、まさにその鑑識眼の高さにより歴史に貢献し、世界的に注目を集める気鋭の史料文書鑑定家です、。その彼が、自身の鑑定品にまつわるドラマを記した待望の初書籍が本書です。いわばアメリカの「お宝鑑定士」とも呼べる彼は、エディソンの最初期の電線の試作品、ジョン・F・ケネディが暗殺されたときの遺体の処置をめぐる音声テープ、キング牧師が獄中から愛人にしたためた恋文など、教科書に出てくるレベルの偉人の品物を多数取り扱っています。これだけの品をやり取りするのは、一筋縄では行きませんでした。贋作を売りつけようとする悪徳業者や、自分の品の価値を信じて疑わないコレクター。さらには政府が品物の権利を主張してきたり、異性関係の書簡の公開が偉人の名誉を傷つけてしまわないかと煩悶したり。遺品をめぐる様々な思惑のうねりのただ中にいながらも、ラーブ氏は冷静に価値を見極め、 然るべき買い手との交渉をしたたかに成立させていくのです。
ここで数々の遺品の中から、いくつかの禮を紹介します。まずは、ロナルド・レーガンが、娘パティが家族関係について暴露する本の計画をしていた時に、彼女にあてて書いた手紙をご紹介しましょう。
「パティ、おまえはわたしたちを、両親を傷つけている。でも、それ以上に自分を傷つけているよ。わが家は崩壊などしていない。(中略)小さな娘がわたしと一緒に椅子に座って、パパわたしと結婚して、と言っていた。部屋のむこうでは、その母親がわたしに、イエスと言えと合図を送っていた。(中略)その子が子どもだった頃の楽しい思い出がたくさんある。その子の人生を邪魔しようなんて、全く思っていない、」
この文には、家族関係が問題視されていたレーガンの、父としての率直な気持ちが垣間見えます。
また、今年没後200年を迎えるナポレオンですが、まさに200年前に死亡した当時の遺体解剖所見には、以下のように極めて詳細な報告が記されていました。
「遺体の表面からかなり太っているように見えた通り、最初に中央を切開すると、約4センチの厚さの脂肪が腹部を覆っていた。肋骨の軟骨組織を切り進めると、喉の空洞が現れ、肋骨胸膜に左胸膜の小規模な癒着が見られた。赤色の液体約3オンス(約90㎖)が左胸膜腔に見られ、右胸膜腔には8オンス(約240㎖)が見られた。」
大きな世界史や報道の視座からはこぼれ落ちてしまうこのような品物たちが、史実に饒舌な細部を加え、雄弁に真実を伝えるのです。
歴史の重大局面の当事者である遺品の数々は、ディテールにこそ歴史が宿るのかもしれないということを教えてくれます。
歴史が好きな方にはぜひ一度お手に取っていただきたい一冊です。
(担当/吉田)