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公表する意図のなかった個人的日記に記録された百年前の日本人の実像

本書は二〇一八年にプリンストン大学出版局によって刊行された“The Travel Diaries of Albert Einstein:The far East, Palestine & Spain 1922-1923 ”の全訳です。アインシュタインが一九二二年十月から翌年三月までの間に日本とパレスチナ、そしてスペインを旅した際の日記が全編網羅されているだけでなく、本人が旅先から出した書簡や葉書、旅行中に各地で行なったスピーチ原稿なども収録されています。
当時すでに世界的な名声を得ていたアインシュタインを日本に招聘したのは、数年後に「円本」を考案してブームを巻き起こすことになる改造社の社長・山本実彦で、二万ポンド(当時のレートで一万五千円強)という条件を提示して、「長いあいだ極東の人々の文化に関心を抱いていた」アインシュタインを極東に招くことに成功しました。アインシュタインがノーベル賞(物理学賞)受賞の知らせを受けたのは、じつはこの旅の途中の上海でのことなのですが、興味深いことにアインシュタインはノーベル賞について、自身の日記の中でまったく触れていません。
本人に公表する意図がまったくなかったという事情もあり、この旅行日記においてアインシュタインは筆のおもむくままに各国の国民性について描写しています。たとえば途中で寄港した中国においては、「子どもたちでさえ無気力だし、鈍感に見える。もしこうした中国人が他の全人種を駆逐することになったら残念だ」と記すなど、その筆致はまことに手厳しいものがあり、差別的でもあります。それは本書の編者が指摘するように「知性に関するアインシュタインの明白なエリート意識」の表れであったのかもしれませんが、特筆すべきは、六週間にわたって滞在した日本についてはきわめて好意的な記述が多い、という点です。
「自分に課された役割を何の気取りもなく喜んで果たしているが、連帯感と国家には誇りを抱いている」「簡素で上品」「自然と人間が、ここ以外のどこにもないほど一体化しているように思える。この国から生まれるものはすべて愛くるしくて陽気で、決して抽象的・形而上的ではなく、常に現実と結びついている」「皮肉や疑念とはまったく無縁……純粋な心は、他のどこの人びとにも見られない。みんながこの国を愛して尊敬すべきだ」といった日記中の記述のほかに、息子たちに宛てた手紙や、友人の物理学者ニールス・ボーアへの手紙にも日本人の謙虚さ、責任感の強さなどへの称賛の言葉が並んでいるのです。二十世紀を代表する科学者が観察し、書き残した百年前のこの国の人々の姿は、「日本人とは何か」を考えるための格好の材料になるのではないでしょうか。
(担当/碇)