話題の本
話題の本一覧
- 「撮る」ことは、ともに生きること——知られざる風俗の世界に迫る渾身のノンフィクション
- なぜ美術館が狙われるのか。ミステリー小説よりも面白いノンフィクション
- スマホ登場で「子ども時代」のあり方は完全に変わった。
- 犬に良い暮らしは、人間にも最高だった!
- ページを開けば、旅心が動き出す。東欧の色、匂い、料理まで味わえる記憶で旅するフォトエッセイ。
- 中古住宅を「探す・買う・直す」が一冊でわかる!
- 小津だけじゃない昭和の日本映画の面白さ
- 予測にまつわる奇妙な実話を数学で読みとく
- そのつらさには正当な理由がある。
- 「崩壊の現場」から人類の現在と未来を考察する知的刺激に満ちたルポルタージュ!
草思社ブログをご覧ください
きみはエドワード・ウィルソンを知っているか?生物学の最重要人物に迫る

生物学者であるエドワード・オズボーン・ウィルソン(1929-2021)。彼が生物学、そしてそれ以外の領域において与えた影響は計り知れなく大きいのですが、日本では必ずしも知名度はその業績に比例していません。本書は、その全貌にピュリッツァー賞作家のリチャード・ローズが挑んだ、圧巻の科学伝記です。
ウィルソンのとりわけ大きな功績として、以下をあげることができます。
〇アリ、昆虫の生態の解明
今では、アリが複雑な社会を形成していることや、フェロモンを使ったコミュニケーションを取っていることは誰もが知るところですが、ウィルソンこそはその解明に多大な貢献をした人物です。幼年期からアリに異常な関心を持ち、その膨大に蓄積された知識と好奇心によって発見された新種、および生態に関する発見は、昆虫の研究に大きな発展をもたらしました。
〇社会生物学
現在では、人文学と自然科学の融合は現在かなり進んでいますが、それを五十年ほどまえに先駆けて提案していたのが社会生物学です。社会生物学とは、自然選択によって生物の社会性がどのように進化してきたのかを研究するもので、アリから始まった生物の社会性の研究は、ほかの無脊椎動物、脊椎動物へと拡張され、ついには人間そのものに適応されるとことになったのです。発表された1970年代当時は、文理の融合に非常に抵抗意識があった時代で、ウィルソンは比喩ではなく実際に「冷水を浴びせられ」たこともあります。この学問は、進化心理学や進化精神医学といった現在のジャンルを生み出したほか、人類を進化の視点からとらえる数々の試みは、この社会生物学なしには生まれてこなかったといえます。
〇生物多様性の保全
昨今の環境保護意識の高まりに関係して、「バイオフィリア」という言葉が用いられているのを聞いたことがあるかもしれません。これはウィルソンが作った概念で、「生物は生物を愛する」というものです。ウィルソンは、社会生物学論争が落ち着いたのち、生物の種の保存に真剣に向き合うべきだと考えるようになりました。生物に間近で向き合ってきたウィルソンは、その種の減少スピードが驚くほど速いことを身に染みて知っていたからです。そこから、自然保護を訴える論考の執筆、研究者への呼びかけに加え、生物版のウィキペディアともいえる「エンサイクロペディア・オブ・ライフ」を作るなどして、多様な自然保護活動を展開しました。現在の環境保護思想を先取りして実践していたと言えます。
これらの業績は1つずつでも1冊の本になるほど大きなものですが、本書はこれらの巨大な業績を紹介するにとどまらず、ウィルソンの幼少期の失明、父の自殺、大学のポスト争いなど、人物像についてもバランスよく織り込まれ、読みものとしても第一級の面白さを備えています。それは、ピュリッツァー賞作家の手腕が遺憾無く発揮されているからに他なりません。著者のローズは、『原子爆弾の誕生』でピュリツァー賞を受賞していますが、ウィルソンに直接会い様々な資料にあたることができたことで、このような奇跡的なバランスの著作が生み出されたのです。
内容の重要性、筆致の完成度という点で、これほどの科学伝記はそう多くは存在しないと思います。生物学の巨人の足跡をたどる旅へ、ぜひ足を踏み入れてみてください。
(担当/吉田)
