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キャンセルカルチャー、ポリコレ問題を知るための必読書

傷つきやすいアメリカの大学生たち
―― 大学と若者をダメにする「善意」と「誤った信念」の正体
グレッグ・ルキアノフ 著ジョナサン・ハイト 著 西川由紀子 訳

◆全米ベストセラー『アメリカンマインドの甘やかし』、ついに邦訳

 本書は、アメリカでベストセラーとなったThe Coddling of the American Mind(直訳すると『アメリカンマインドの甘やかし』)の全訳です。アメリカの大学におけるキャンセルカルチャー、ポリコレ問題の実態を紹介し、その原因を分析、対策までを提言して高く評価された本です。
 アメリカの大学では近年、立場の異なる論者の講演に対し、学生たちが破壊や暴力を伴う激しい妨害を行うことが増えています。また、教員の発言の言葉尻を悪意に捉えて、学生達が激しいデモで糾弾、さらには当の教員や学部長、学長などを軟禁し、暴言を浴びせるなどの事態に発展した例もあります。

◆意見の表明・研究発表を躊躇させる、表現の自由・学問の自由の危機

 本書の中で、そのような多くの事例が紹介されていますが、事態は典型的には次のような流れで発生・進行します。①教員や講演者が政治的に賛否両論ありうる意見や研究結果を明らかにする(または、そうしようと試みる)。②それを「差別的」などとして学生達が集団で糾弾。ときには暴力や脅迫も使われる。③大学側は学生達の行動について、是正指導や処罰を行わない。それどころか、学生達の行動に理解を示し、要求を丸呑みする。④同僚の教員は、陰では対象となった教員を助けることもあるが、巻き添えを恐れて表立っての支持は行わない。⑤講演者は講演中止を余儀なくされ、当の教員は辞任を選ばざるを得なくなる。⑥教員達や学生達の間で、議論の余地ある見解を表明することに対する萎縮が起こる。
 なぜこのような事態は発生し、収拾がつかなくなるまで悪化してしまうのでしょうか。本書では原因として、「現代の学生達は、受験競争の激化などのため、親たちに過保護に育てられている」「大学の教員が左派に偏っており、政治的多様性に乏しい」「アメリカ社会の政治的二極化が進んだ」「アメリカ国内で政治的な問題が近年多発し、学生達が社会正義に敏感になっている」「大学が企業化し、職員が官僚化している」などが挙げられています。著者らは背景を詳しく分析し、アメリカの大学や思想、社会が抱えている問題を指摘、学生達やその親、大学の教職員に対して改善のための指針までを示し、米国で非常に大きな反響を得ました。

◆アメリカでは大学への信頼が大きく低下している

 上記のような事態が主な原因となり、アメリカでは大学をはじめとする高等教育への国民の信頼が、近年、大きく低下したことが世論調査で明らかになっています。
国際的な大学ランキングでは、上位の多くをアメリカの大学が占めており、日本でもそのことは大きく報道されていますが、一方で、アメリカで大学不信が増大していることはあまり知られていません。
 しかも、上記のような事例の多くは、国際的な大学ランキングで上位に位置づけられるような、名門校で起きています。本書では、イェール大学、ブラウン大学、カリフォルニア大学バークレー校などの有名校での事例が紹介されています。本書は、アメリカの大学教育や研究環境に関する、日本ではあまり語られることのない側面を明らかにする本でもあります。
 ポリコレ問題やキャンセルカルチャーに興味のある方には必読の本であるだけでなく、教育問題やアメリカの社会問題に興味のある方にもぜひ読んでいただきたい一冊です。

(担当/久保田)

※本書の原書に関して、批評家のベンジャミン・クリッツァーさんが、ウェブメディア「現代ビジネス」にて、よくわかる紹介・解説を書いています。
こちらもぜひご覧ください。

アメリカの大学でなぜ「ポリコレ」が重視されるようになったか、その「世代」的な理由
『アメリカン・マインドの甘やかし』(1)
https://gendai.media/articles/-/77766

「ポリコレ」を重視する風潮は「感情的な被害者意識」が生んだものなのか?
『アメリカン・マインドの甘やかし』(2)
https://gendai.media/articles/-/77812

アメリカでの「ポリコレ」の加熱のウラにいる「i世代」の正体
『アメリカン・マインドの甘やかし』(3)
https://gendai.media/articles/-/77976

ポリティカル・コレクトネスの拡大と「2010年代のアメリカ社会」の深い関係
『アメリカン・マインドの甘やかし』(4)
https://gendai.media/articles/-/78045

<目次>

はじめに
3つのエセ真理を広める神
なぜこの本を書こうと思い立ったか
原書が刊行された2018年までの3年間の激動
原書タイトルの「甘やかされた」に込めた意味
本書の概要

第1部 3つのエセ真理とその弊害
第1章 脆弱性のエセ真理:困難な経験は人を弱くする

ピーナッツアレルギーのパラドックス
困難に学び適応し成長する力=反脆弱性
「危険」や「トラウマ」という言葉の意味の拡大
討論会のために用意された「セーフスペース」
iGen(=Z世代)とともに安全イズムが広まった
まとめ

第2章 感情的決めつけのエセ真理:常に自分の感情を信じよ

自分の感情を過信すると不安は増幅する
うつの治療に効果を発揮する認知行動療法
悪意ない言葉を糾弾「マイクロアグレッション」
「不快」を理由とする講演キャンセルが横行
まとめ

第3章 味方か敵かのエセ真理:人生は善人と悪人の闘いである

言葉尻をとらえて教員を糾弾、辞職へ追い込む
人間は簡単に味方と敵に分かれてしまう
アイデンティティ政治のあり方は2種類ある
 共通の人間性を訴えるアイデンティティ政治
 共通の敵を持つアイデンティティ政治
現代的マルクーゼ理論――白人男性は「悪」
共通の敵を持つアイデンティティ政治が有害な理由
「共通の人間性」を強調することの現代的意味
まとめ

第2部 エセ真理が引き起こしたこと
第4章 脅迫と暴力が正当化された

名門UCバークレーで起きた流血の講演妨害デモ
言葉を「暴力」と認定し、本物の暴力を正当化
UCバークレーの暴力後も脅迫・暴力は続いた
死者が出たシャーロッツビルの暴動とその後
授業・講演の妨害が増加した2017年秋
「言葉は『暴力』」と教えることが有害な理由
まとめ

第5章 大学で「魔女狩り」が起きている

無実の者を標的とする運動は「魔女狩り」である
論文が集団処罰の標的となった事例
反論のための論文撤回要求という新しい動き
大学教員の政治的多様性が低下、左に偏っている
全米有数の進歩的大学で起きた魔女狩りと暴力
大学は3つのエセ真理の過ちを何度も犯した
まとめ

第3部 なぜこうなったかに関する6つの論題
第6章  二極化を促進するスパイラル

学生たちと大学に何が起きたのか。6つの論題
政治的二極化が進み沸点に達した
キャンパス外の右派による威嚇行為
キャンパス外からもたらされる脅威が現実に
まとめ

第7章 不安症とうつ病に悩む学生の増加

うつや不安を抱える学生が増えている
未熟で脆弱、不安・うつが多い世代「iGen」
SNSは子どもの心の健康を悪化させるか
なぜ女子の方が心の健康悪化の傾向が強いのか
iGenが大学入学、カウンセリング需要が急増
SNSなどと精神疾患の関係は研究途上だが……
まとめ

第8章 パラノイア的子育ての蔓延

子どもを一人歩きさせることへの非難
親の恐怖を増幅させてきたもの
犯罪が減少しても親の妄想的恐怖は増大
すべてを危険ととらえて過保護にすることこそ危険
「過保護」にしていないと逮捕――親への圧力
社会階級によって過保護の程度に違いがある
パラノイア的子育てに見られる認知の歪み
まとめ

第9章 自由遊びの時間が減少

子どもにとって遊びは欠かせないもの
自由遊び、野外遊びの時間は減少した
子ども時代が受験準備のために費やされる
熾烈な受験競争、履歴書アピール競争
自由遊び時間減少で民主主義運用能力が低下?
まとめ

第10章 大学の官僚主義が安全イズムを助長

学生を守るためとして大学が採る異常な対応
教員以外の職員が増大。大学が企業化
大学が極端な市場重視に。学生はお客様扱い
職員が認知の歪みの手本を学生に示している
 過剰反応の事例
 過剰規制の事例
「不審なものを見かけたら、通報してください」
「ハラスメント」のコンセプト・クリープ
対立の解決を第三者に頼る「道徳的依存」
まとめ

第11章 社会正義の探求の時代

「社会正義の時代」を経験した若者たち
心理学による正義の実用的直感的定義
 分配的正義に関する心理学研究
 手続的正義に関する心理学研究
平等な機会と権利――均衡的手続的社会正義
平等な結果を目指す社会正義の問題点
結果の格差は必ずしも不正義のせいではない
まとめ

第4部 賢い社会づくり
第12章 賢い子どもを育てる

過保護をやめ、たくましく育てる
1.かわいい子には旅をさせ、人生の厳しさを体験させよ
2.油断すると、自らの思考が最大の敵以上の害となる
3.善と悪を分け隔てる境界線は、すべての人間の中にある
4.〈大いなるエセ真理〉に立ち向かう学校に協力する
5.電子デバイスの使用時間を制限し、使い方を見直す
6.新しい全米基準:大学入学前の奉仕活動または就労

第13章 より賢い大学へ

大学が希求すべき最も重要なものは「真理」
1.自分のアイデンティティを探求の自由を結びつける
2.多様性ある学生を迎え入れ、使命を果たす
3.〈生産的な意見対立〉を志向し、啓蒙する
4.コミュニティを取り囲む大きな円を描く

結び より賢い社会へ

謝辞
付録1 認知行動療法の実践方法
付録2 表現の自由の原則に関するシカゴ大学の声明
参考文献
原注

著者紹介

グレッグ・ルキアノフ(Greg Lukianoff)
教育における個人の権利のための財団(FIRE)の会長兼CEO。アメリカン大学とスタンフォード大学ロースクールを卒業し、高等教育における言論の自由と憲法修正第1条の問題を専門としている。著書にUnlearning Liberty: Campus Censorship and the End of American Debate and Freedom from Speech(自由の学習棄却:キャンパスでの検閲とアメリカの議論と言論の自由の終焉)がある。
ジョナサン・ハイト(Jonathan Haidt)
ニューヨーク大学スターン・スクール・オブ・ビジネス教授(倫理的リーダーシップ論)。1992年にペンシルバニア大学で社会心理学の博士号を取得後、バージニア大学で16年間教鞭をとる。著書に『社会はなぜ左と右にわかれるのか:対立を超えるための道徳心理学』(紀伊國屋書店)、『しあわせ仮説:古代の知恵と現代科学の知恵』(新曜社)がある。

訳者紹介

西川由紀子(にしかわ・ゆきこ)
大阪府生まれ。神戸女学院大学文学部英文学科卒業。立教大学大学院異文化コミュニケーション研究科修了。ITエンジニア、青年海外協力隊(ベリーズ)を経て翻訳家に。訳書に『理系アタマがぐんぐん育つ 科学の実験大図鑑』(新星出版社)、『人に聞けない!?ヘンテコ疑問に科学でこたえる!どうしてオナラはくさいのかな?』(評論社)など。
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