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量子力学が社会の基盤を脅かす?

すべては量子力学のせい
――「世界一成功した理論」についての傍若無人なガイド
ジェレミー・ハリス 著 広林茂 訳
すべては量子力学のせい

◆あなたの人生に、量子力学はどういう意味を持っている?

 量子力学は科学研究の基礎であるのみならず、コンピューターからレーザー、LEDなどありとあらゆるものに応用され、「世界一成功した科学理論」と言われています。その正しさは折り紙付きで、そのことに異論を挟む科学者はほとんどいないでしょう。しかし、量子力学が何を意味しているか、現実について何を言っているのかに関しては、科学者の意見はまったく一致していません。
 つい先ごろも、英国の論文誌「ネイチャー」は1000人以上の物理学者に量子力学の意味に関するアンケートを行い、その結果を「物理学者は、量子力学が現実について何を示しているかについて、激しく意見が分かれている」とまとめています。

 量子力学の意味については、たとえば……
◎わたしたちの住む宇宙はあらゆる瞬間に歴史が枝分かれする無数の平行宇宙でできており、すべての可能な宇宙はどこかの平行宇宙で実現しているとする説。
◎起こることすべて――わたしたちが何を考え、何をするかも含めて――あらかじめ決められているという説。
◎わたしたちの意識が量子力学的過程に影響を与えているという説。

といった、互いに相容れない主張が、それぞれ存在しているという具合なのです。実は、これらの説のどれが(あるいは別の説が)正しいか次第で、「わたしたちに自由意志はあるか」と言った問いへの答えも変わり、ひいては法律などの社会制度の根底をなす世界観も覆りかねないのです。いや、どの学説が正しいにせよ、いずれも奇妙な結論を導くという点では大同小異であり、必然的にわたしたちの世界についての常識は再考を迫られます。どの説が正しいかによって「どの程度、どの方向に常識が変わるか」という違いを生むに過ぎません。でも、それは非常に大きな問題です。本書はさまざまな学説が生み出す、驚くべき世界観を数式なしで紹介、量子力学の「意味」に関する大論争を解説する一冊です。

◆元・物理学者だからこそ書ける、物理学界のやや不都合な真実

 今のところ、どの説が正しいかを判断する手がかりとなる実験結果は、残念ながらありません。そのため、どの説が有力と見なされるかを決めるのは、科学のプロセスではなく、もっと人間くさい集団の論理や、審美的な好みでした。ある説を推す多数派が、後に有力視されるようになった学説を否定し、その提唱者である優秀な物理学者を実質的に追放したこともありました。米ソ冷戦の政治的な緊張が、学説の学界内での評判に強い影響を与えたこともあります。また、このような混乱の中から、量子力学に非常に極端な意味づけを行う「量子神秘主義」なるものも生まれ、「信者」たちから金を巻き上げる物理学者も出てきました。本書の著者は、今はドロップアウトした元・物理学者。現役の物理学者が取り上げづらい、物理学界にとってはやや不都合なこのような話も取り上げて、物理学のあり方について批判的に論じています。
 量子力学の「意味」は、自由意志から死や意識、社会制度の基盤まで、実はあらゆることに関係するはずの重要なものでありながら、その学説のどれもが非常に奇妙で面白くもあります。この大論争がどのように行われているかをのぞき見できる本書は、多くの方にとって一読の価値アリと言えるでしょう。

(担当/久保田)

目次

はじめに
量子力学は一体何を意味しているのか
太古の人間は世界をどう見ていたか
一神教が世界観の土台だったころ
一神教から無神論へ
ニュートン的世界観の崩壊前夜のこと
わずかなほころび 量子力学1.0の誕生と新しい謎

1. 量子力学には穴がある
すべては奇妙な実験結果からはじまった
古典物理学に小さな穴を開ける
量子力学の知られたくない小さな秘密
電子を紹介しよう
量子力学で唯一奇妙なこと
ケットを使って物語を語る
量子ゾンビネコ
ボーアの「収束」というアイディア
アインシュタインの見解
量子力学は意識に関係ある?
マルチバース(多元並行宇宙)
量子力学について、ここまでの話のまとめ

2. 意識による収束と霊魂の物理学
ボーアの説明じゃ納得できない
物理学に意識は重要か?
物質に意識はあるか?

3. 宇宙と一体化した意識?
量子神秘主義というものの正体
量子神秘主義による収束の解釈
意識の集合体という考え方
火星のゾンビネコ
火星のゾンビから普遍意識へ
世界は意識の中にある?
ニューエイジの聖典を解読する
量子神秘主義に冷水を浴びせる
意識による収束:大きな世界観

4. 意識による宇宙創造?
物理理論を世界観の根拠にしたら
ゴスワミ理論におけるゾンビネコ
ゴスワミ理論におけるビッグバン
ゴスワミ理論における細胞の誕生
ゴスワミ理論における一神教
ゴスワミ理論における自由意志
ゴスワミ理論における法的責任能力
ゴスワミ理論におけるヴィーガン

5. 意識が関わらない収束理論
もっと科学っぽい物理理論を!
“そういうものだから”収束
大きいものほど収束しやすい
“そういうものだから”収束の検証
“そういうものだから”収束のまとめ
自由意志と法
量子世界の自由意志
これは法的助言ではない
自然科学が悪法をつくる
良い結果をもたらす行為が善
さらに過激で直観に反する理論

6. 量子マルチバース
物理学にも「政治」はある
科学的コンセンサスのつくりかた
エヴェレット山を登って
マルチバースは想定外に大きい
学界政治に立ち入る

7. マルチバース的歴史観
歴史の「もしも」と量子力学
マルチバース的歴史観概説
物理学から生物学へ
生物学から物理学へ
フェルミのパラドックス
マルチバースにおける信仰
量子自殺
量子不死仮説
見て、母さん! 僕は死なないよ!
極限まで突き詰めると
この解釈の何が問題か

8. 量子力学は法を違える
法とアイデンティティ
アイデンティティの“アイ(自分)”
アイデンティティの危機
これも法的助言ではない
えっ、また自由意志の話?
マンデラ効果
マルチバースの中を旅する
“ふつう”に戻って

9. 隠れた変数と物理学の不具合
アインシュタインが嫌った量子力学
もっと深く進まなければ
左翼がかった物理学
赤ん坊を捨てて、産湯を残せ

10. ボームの量子力学
ボームの考えとはどんなものか
決定論は運命(論)ではない
ボーム理論をぶっ飛ばす
ニューエイジ派じゃないよね?
常識的世界観の土台はもろい

11. 意識の未来
物理学は社会の基礎なのだ
人間レベルのAIの実現に向かって
汎用人工知能の時代
なぜ意識が重要か
赤ちゃんを動物のように扱わない理由
物理学の進歩に締め切りが課された
答えは簡単には見つからない
ボーアのようになってはいけない

謝辞

著者紹介

ジェレミー・ハリス(Jérémie Harris)
物理学者から転じて、シリコンバレーのAI関連の起業家となる。量子力学に関する研究は多くの物理学専門誌に掲載され、最初に設立したSharpestMinds(シャーペストマインズ)社はAIに関する技術指導において世界最大の取引規模を誇り、学生たちにその分野の職を得るまで無償で学びを提供している。また、その後、AIの安全性に関するサービスを提供するGladstone AI(グラッドストーン AI)社を共同で設立した。今も、カナダ、米国、英国の閣僚及び安全保障関連官僚にAIのリスク関連の問題に関して情報提供を行い、また、『Toward Data Science(データサイエンスに向かって)』という公式ポッドキャストを主宰するなど、多方面で活躍している。ポッドキャストで配信されるAI、機械学習、人類の未来に焦点を当てた番組は月間2000万回以上再生されている。

訳者紹介

広林茂(ひろばやし・しげる)
東京大学大学院理学系研究科修了。博士(理学)。米国ブルックヘブン国立研究所研究員として高エネルギー重イオン衝突反応について研究。帰国後、転じて会社員となり、現在はIT系企業の役員を務めるかたわら、翻訳にも取り組む。技術系の実務翻訳を主としてきたが、最近は幅広い分野に活動の場を広げている。訳書に『FBI WAY 世界最強の仕事術』(2022年、あさ出版)、『みのまわりの ありとあらゆるしくみ図解』(共訳、2024年、東京書籍)がある。
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