草思社

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「リンゴの唄」の赤と青の色はどのような色だったのか。

占領下の日本 カラーフィルム写真集
衣川太一 編著
占領下の日本 カラーフィルム写真集

 「赤いリンゴにくちびる寄せて 黙って見ている青い空」、戦後を象徴する歌謡曲、並木路子の「リンゴの唄」に歌われているリンゴの赤い色や青い空の青さはどのような色であったか。本書を見ていると赤と青の色彩の美しさに驚く。カバーに使われている瓦礫越しの国会議事堂の写真も赤さびた破壊された真っ赤な自動車の向こうに、青い空を背景に終戦直後の国会議事堂が立っている。本書の特徴はこの青と赤の色彩かもしれない。
 占領時代1945年から1952年がどういう時代であったかは、だんだん解明されつつある。政治的・社会的に何が行われたのかが多くの研究・書物で明らかにされつつある。江藤淳氏の名著『閉ざされた言語空間』以来、それが今日の日本文化にどのような変容を与えたかもわかってきた。別のアプローチとして、その変容やバイアスがどのようなものであったかを知るために本書の写真を眺めてみるのは一助になるかもしれない。
 本書に集められた100カットの写真は編著者の衣川太一氏のコレクション1万3千カットの中から選び抜かれたものである。占領時代、日本を訪れた米軍人たちが観光目的で撮った写真が主になっている。その特徴は一つには、コダクロームというカラーフィルムで撮られていること。日本人には当時やや高価で高根の花だったカラー写真で日本国中を興味本位で撮り歩いていることである。カラーということが重要で、しかも高品質のコダクローム、色彩の再現性が高い。当時の日本人の写真(報道写真や家庭写真なども)は白黒が普通でカラーはあまりない。リバーサルのスライド用フィルムで発色がいい。占領時代のカラー写真はないことはないが、フィルム資料研究家の衣川氏によるコレクションでは良質なものを選定して、さらにクリーニングしたりして、劣化や褪色などの程度の少ないものを取り上げている。つまり占領時代の風景はどのような色彩であったかをかなり忠実に再現してくれている。
 もう一つの特徴は進駐してきた軍人が撮影したものだけに、日本人が記録していないものが映っていることである。
 当時の米軍は日本各地を接収して日本人をオフリミット(立ち入り禁止)にしていた。偶然映ってしまったものに面白い風景がある。外国人には珍しい風俗(木炭自動車や闇市で売っている魚や食品など)。あるいは日本人には撮らせてもらえなかった施設内の写真(基地内の写真とか)。記録として珍しい写真があるということだ。
 本書は占領下の日本を記録した写真類として極めて貴重な価値があると思うと同時に、当時の敗戦に打ちひしがれているかと思う日本人たちが意外や、元気そうで活力にあふれていることを新たに気づかせてくれる。一読の価値がある写真集である。

(担当/木谷)

編著者紹介

衣川太一(きぬがわ・たいち)
1970年大阪生まれ。神戸映画資料館研究員、フィルム資料研究者。著書に『占領期カラー写真を読む』(佐藤洋一と共著、岩波新書、2023)、『増補新版 戦後京都の「色」はアメリカにあった!』(植田憲司・佐藤洋一と共編著、小さ子社、2023)。論文に『占領期写真の複合的活用に関する試み : 一九四五年東京・銀座のケーススタディ』(佐藤洋一と共著、昭和のくらし研究 / 昭和館編 第19号、 2021年3月)。神戸を舞台とした映画のロケ地を調査する『ロケ地探索』講座を2021年より神戸映画資料館で開催中。日本大学藝術学部映画学科卒業。
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