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ダイエット論争に突きつけられた決定的エビデンス

運動しても痩せないのはなぜか
――代謝の最新科学が示す「それでも運動すべき理由」
ハーマン・ポンツァー著 小巻靖子訳

◆1日の総消費カロリーは、運動しても増えていなかった!

 ダイエットに関して長年にわたり論争となってきた問題に、ついに決定的な証拠がもたらされました。ダイエットばかりか、栄養学やスポーツ科学、果ては人類学までの常識をひっくり返すその研究を発表した人類学者こそが、本書の著者ハーマン・ポンツァー氏です。研究内容は世間に大きな衝撃をもたらし、ニューヨークタイムス紙やBBCなどの一般向けメディアでも大きく取り上げられました。
 その「決定的な証拠」とは何かを一言で言えば「運動しても1日の総消費カロリーは増えていなかった」ということ。つまり、運動したところで、それだけで痩せることはなく、痩せるためには摂取カロリーを減らすしかない、ということです。しかしだからといって「運動なんか意味がない」という結論には決してなりません。逆に、運動しても1日の消費カロリーが増えないからこそ、運動は必ずしなければならない、と結論づけられるのです。どういうことでしょう?

◆運動に使われなかったカロリーが不必要な「炎症」を起こし、現代病の原因に

 著者の発見を裏返せば「運動しなくても1日の消費カロリーは減らない」ということでもあります。となると、運動に使われずに余ったカロリーは、別のことに使われているはず。じつは、これが体に良くないことを引き起こすのです。余ったカロリーの使い道として、もっとも身体に悪いと思われるのが「炎症」。本来であれば必要のないところで、余ったカロリーは炎症を起こします。これがアレルギーや関節炎、動脈疾患のほか、さまざまな「現代病」の原因となっているのです。運動すれば、これらのムダな炎症が抑えられ、健康が維持される、というわけです。

◆最新の「消費カロリー測定法」で狩猟採集民、都会人、類人猿などを計測

 しかし、なぜこんなに大事なことが、100年以上の歴史を持つ栄養学や代謝の科学の領域で気づかれないままだったのでしょうか。じつは意外にも、動物の1日の消費カロリーを正確に測定するのは最近まで非常に難しく、推定することしかできませんでした。そこに著者らは、「二重標識水法」という新手法を持ち込み、先進国の人や狩猟採集民、さらにはオランウータンやチンパンジーなどの類人猿まで、数多くの対象の消費カロリーを測定したのです。その結果、上記の発見に至っただけでなく、その他にも驚くような発見がいくつもなされたことが、本書に綴られています。たとえば「オランウータンも、チンパンジーも人間より何割も消費カロリーが少ない」「一般に成人の1日の消費カロリーは2000キロカロリーとされているが、これは間違い。じつはそれよりずっと多い」など。さらにこれらの知見から発展して、スポーツ科学や人類学についても、衝撃的な事実がいくつも明らかになっていきます。自分自身の体に興味のあるすべての人が、ぜひ読んでみるべき一冊といえるでしょう。

(担当/久保田)

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【目次】
第1章 ヒトと類人猿の代謝の定説が覆った

◇ライオンから奪ってでも、食料を手に入れる
◇カロリーに関する一般的な理解はまちがいだらけ
◇ヒトは哺乳類の中で特別に成長と老化が遅い
◇類人猿を対象とする実験が非常に困難な理由
◇オランウータンの消費カロリーは非常に少なかった
◇霊長類の代謝の速さは他の哺乳類の半分にすぎない
◇ヒトだけが飛び抜けて他の霊長類より代謝が速い
◇狩猟採集民と先進国の人では代謝はどう違うのか

第2章 代謝とはいったい何か

◇知っているつもりで、実は説明できないこと
◇わかりやすくいうと代謝とは何か
◇「あなたはあなたの食べたものでできている」
◇昼食に食べたピザは体の中でどうなるか
◇カロリーの燃焼とはATPをつくることである
◇脂肪の燃焼と糖質制限ダイエット
◇植物が大量絶滅の原因となったことがある
◇ミトコンドリアを味方にして酸素が利用可能に
◇基礎はわかった。で、運動すれば痩せるの?

第3章 カロリー消費量研究に起きた革命

◇カロリー消費量測定が重要な研究課題である理由
◇消費カロリーの測定はどのようにされてきたか
◇「歩く」「走る」「泳ぐ」のにかかるエネルギー
◇安静時の体0のエネルギー消費はどれくらいか
◇BMRを超える基本的身体機能のエネルギー消費
◇エネルギーを効率よく使い子孫を多く残すゲーム
◇動物の寿命は代謝率で決まるのか
◇一般的な総カロリー消費量推定法はまちがっている
◇二重標識水法で正確な総カロリー消費量を測定
◇ヒトの代謝の科学の新時代が始まった

第4章 親切で、適応性に富み、太ったサル

◇トレッドミルと代謝から離れて、発掘へ
◇180万年前の人類化石がユーラシア大陸に
◇ユーラシアにやってきた侵入種・ホミニン
◇初期人類は利己的で怠け者のベジタリアン
◇ヒトは分け合うことで大成功をおさめた
◇「分け合い」がヒトの代謝革命を起こした
◇「分け合い」と「代謝向上」のマイナス面

第5章 運動しても痩せないのはなぜか

◇ハッザ族の驚くほどの回復力と適応性
◇ハッザ族は厳しい環境で重労働をしている
◇ハッザ族のエネルギー消費は先進国の人と同じ
◇制限的日次カロリー消費モデルで考えると……
◇運動しても痩せないのはなぜか
◇ダイエット番組参加者を追跡調査した研究結果
◇脳は厳格にエネルギーの収支を監視している
◇肥満の原因を代謝が低いせいと考えるのは誤り
◇私たちの研究への反響は予想外に大きかった

第6章 ダイエット論争にデータを突きつける

◇人類は300万年前から炭水化物を食べてきた
◇過熱するダイエット論争と最新の科学的知見
◇「スーパーフード」には多くの場合、根拠はない
◇脂質悪玉説と糖質悪玉説、論争の真実
◇ケトン食などの食事法はなぜ成功するのか
◇肥満のわなに陥らないためにはどうすればよいか
◇実際の狩猟採集民の食生活はどのようなものか

第7章 ヒトの体は運動を必要としている

◇運動しないチンパンジー、運動が必要なヒト
◇運動した方がいい理由はたくさんある
◇運動に使われなかったカロリーの行き先
◇過剰な運動で性ホルモンの分泌が低下する理由
◇体にいい運動の量はどれくらいか
◇運動で減量はできないが体重維持に運動は必須
◇「運動しても痩せない」は〝不都合な真実〟か

第8章 ヒトの持久力の限界はどこにあるか

◇超過酷な持久競技選手のカロリー収支
◇持久力の限界を決めるのは何か
◇何日、何週間、何カ月にも及ぶ持久走での実験
◇人間の持久力の限界を示すグラフ
◇代謝の限界を決めるのは消化管だった
◇妊娠と出産も代謝の限界に支配される
◇マイケル・フェルプスは何がすごいのか
◇エネルギー消費の上限を押し広げる進化の末路

第9章 エネルギー消費とヒトの過去・現在・未来

◇現代人のとんでもないエネルギー消費量
◇道具による筋力の有効活用から火の利用へ
◇技術が進むにつれ食料獲得が容易になった
◇1人当たりの消費エネルギーがゾウ並みに
◇「人間動物園」を望ましいものに改造せよ
◇数年ぶりに訪れたハッザのキャンプで見たもの

謝辞

原注

著者紹介

ハーマン・ポンツァー(Herman Pontzer)
デューク大学人類進化学准教授、デューク・グローバルヘルス研究所グローバルヘルス准教授。人間のエネルギー代謝学と進化に関する研究者として国際的に知られている。タンザニアの狩猟採集民ハッザ族を対象としたフィールドワークや、ウガンダの熱帯雨林でのチンパンジーの生態に関するフィールドワークのほか、世界中の動物園や保護区での類人猿の代謝測定など、さまざまな環境において画期的な研究を行っている。その研究は、ニューヨークタイムズ紙、BBC、ワシントンポスト紙などで取り上げられている。

訳者紹介

小巻靖子(こまき・やすこ)
大阪外国語大学(現、大阪大学外国語学部)英語科卒業。訳書に『移民の世界史』『サブスクリプション・マーケティング』『ティム・ウォーカー写真集 SHOOT FOR THE MOON』など多数。
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