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巨星たちの「魂」に触れる、渾身の近現代文学論

文学の黄昏
松浦寿輝 著
文学の黄昏

二〇二〇年に古井由吉が、そして二三年に大江健三郎が逝去した。大江は一三年発表の『晩年様式集(イン・レイト・スタイル)』が最後の小説となり、古井は死の直前まで書き継がれた連作短篇が『われもまた天に』という大変美しい表題で刊行された。この二人の死に、我が国の近現代文学の一つの区切りを感じた読者は多いのではないか。いずれも戦前生まれの、日本を代表する大作家であった。

松浦寿輝氏による最新刊『文学の黄昏』には、総論としての第Ⅰ部「平準化と特異化」に続いて、日本文学を論じた第Ⅱ部の冒頭に古井、大江をめぐる文章が数篇ずつ収められている。古井については「静かな暮らし」の執拗な持続とそこに孕まれるある種の狂気を、大江については他者から強いられそして自ら強いた「誠実と猛烈」を生きた様が指摘される。

第Ⅱ部ではそのほか中上健次、三島由紀夫から西脇順三郎、内田百閒、萩原朔太郎、北村透谷、樋口一葉まで、年代を遡って巨星たちを描いた批評、随想、講演録、インタビューが続く。そして第Ⅲ部は海外文学について、第Ⅳ部は複数の作品や作家についての文章が集成されている。

いずれも作品世界の丁寧な読解に基づき、自身と作品とのかかわりや交流のあった作家についての私的なエピソードが交えられながら、彼らの「魂」に触れるようにして、それぞれの文学者のポートレイトが描出されるとともに、文学史にいかなる達成をもたらしたのかが端的に表される。

詩、小説の実作者にして、研究者としての批評眼を持ち続ける著者による本書は、文学愛好者によって味読されるのはもちろん、若い読者にとって近現代文学の入門書として親しまれることでしょう。是非ご高覧ください。

(担当/渡邉)

本書の内容

樋口一葉、北村透谷、萩原朔太郎から
三島由紀夫、中上健次、大江健三郎、古井由吉まで、
巨星たちの「魂」に触れる、渾身の近現代文学論。
この二十年間に発表された批評、随想、講演録、インタビューを集成。

詩も小説も言葉で書かれる。絵でも映像でも楽音でもなく、言葉によって表現されるものが文学である。何を今さらそんな初歩的なことを、と首をかしげる向きもあるかもしれないが、自明と見えるこの一事を改めて再確認することからしか、文学をめぐるいかなる論も始められないというのがわたしの考えだ。(「平準化と特異化」より)

徹底的に特異たらんとする意志が不意に徹底的な普遍性の空間へ突き抜けてしまうということがあるのであり、そこに「魂」と「魂」の間の交流が実現する。それが文学の持つかけがえのない「質」であり「徳」であり「力」なのであり、それを通じて人は国籍も人種も階級もない「無゠場(アトポス)」に連れ出される。(「平準化と特異化」より)

目次

平準化と特異化


古井由吉さんを悼む
静かな暮らし――古井由吉
もはや年齢がない――偏愛的「古井由吉他撰作品」
古井由吉の文――三回忌に寄せて
追悼 大江健三郎
大江健三郎の死
誠実と猛烈――大江健三郎
ドナルド・キーンさんを悼む
ドナルド・キーンの世界
キーンさんのこと
「非凡な人物」の肖像――ドナルド・キーン『石川啄木』
小さな名著――ドナルド・キーン『二つの母国に生きて』
平凡社ライブラリー 私の一冊――高階秀爾『ルネッサンス夜話 近代の黎明に生きた人びと』
言語をゾンビ化する――筒井康隆
「人間的」とは――筒井康隆
中上健次の「文」
名前の悲劇――中上健次『岬』『枯木灘』『地の果て 至上の時』
荒事師にして色事師――吉増剛造全詩集によせて
自由人・高橋睦郎
弔辞 阿部良雄先生を送る
栄光ある孤立――丸谷才一『エホバの顔を避けて』
四十代の奇蹟――辻邦生
三島という大きな謎――三島由紀夫
山中智恵子の一首
葛原妙子の美と戦慄
疲労と憤怒――追悼 吉本隆明
悲嘆と慰藉――森有正
男性というものの秘密――太宰治「彼は昔の彼ならず」
遅滞のない速度――金子光晴『マレー蘭印紀行』
詩集の全体を堪能する――西脇順三郎『Ambarvalia・旅人かへらず』
詩をどう読むか――石原吉郎、西脇順三郎、粕谷栄市、松浦寿輝
内田百閒生誕百三十年に寄せて
言葉の冥界をさまよう――内田百閒「冥途」
萩原朔太郎の天才
『月に吠える』――その力業、唄、冒険
「憂鬱なる花見」の年に――パンデミックのなかで萩原朔太郎を読み直す
荷風という男
「言文一致」――書き言葉の激変
透谷と一葉――もう一つの〈近代〉
小川町界隈――夏目漱石
薄日さす町の宿命――芥川龍之介


カズオ・イシグロのこと
パトリック・モディアノ
身体に根ざした豊饒な世界開く――ル・クレジオの文学
追悼 ジョン・ル・カレ
「太陽宮」の魅惑――E・R・バローズ
喪は過ぎ去らない――ロラン・バルト『喪の日記』
「反知性主義」に陥らないための必読書――バートランド・ラッセル
チェスタトン、ゴダール、モンティ・パイソン
クレピュスキュールの人――ヴァレリー
「波打ち際」と暴力――ヴァレリー
懐かしい本――ダフネ・デュ・モーリア『レベッカ』
不思議な光芒を放つユートピア譚――ケネス・グレーアム『たのしい川べ』
思い出の絵本・心に残る児童文学――ヒュー・ロフティング『ドリトル先生物語』


本から本へ
私の「海外の長篇小説ベスト10」
英国の近・現代文学をめぐって
読書日録
私が薦める河出の本
この三冊 上海
岩波文庫私の三冊
歳月を考えるためのブックリスト
私の偏愛書――『ガードナーの数学パズル・ゲーム』
「二〇世紀の夢」を読む十冊――『徹底討議 二〇世紀の思想・文学・芸術』刊行記念選書

あとがき――黄昏を讃える

著者紹介

松浦寿輝(まつうら・ひさき)
一九五四年、東京都生まれ。詩人、小説家、批評家。著書に詩集『冬の本』(高見順賞)、『吃水都市』(萩原朔太郎賞)、『afterward』(鮎川信夫賞)、『松浦寿輝全詩集』、小説『花腐し』(芥川賞)、『半島』(読売文学賞)、『名誉と恍惚』(谷崎潤一郎賞、Bunkamuraドゥマゴ文学賞)、『人外』(野間文芸賞)、『無月の譜』(将棋ペンクラブ大賞文芸部門大賞)、批評『エッフェル塔試論』(吉田秀和賞)、『折口信夫論』(三島由紀夫賞)、『知の庭園 19世紀パリの空間装置』(芸術選奨文部大臣賞)、『明治の表象空間』(毎日芸術賞特別賞)、『黄昏の光 吉田健一論』など多数。
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